『ニトラム/NITRAM』狂気へ至る引き金が引かれる時。凶悪事件に潜む心の闇と救済の光

ミヤザキタケル


 オーストラリアを震撼させた無差別銃乱射事件「ポート・アーサー事件」の犯人、マーティン・ブライアントの人間性に迫り、豪州・アカデミー賞主要8部門、カンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞したジャスティン・カーゼル監督作。幼い頃から周囲と馴染めず、同級生から本名を逆さ読みした「ニトラム」と蔑まれてきた青年(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)は、ある日、引きこもりの裕福な女性ヘレン(エッシー・デイヴィス)と親しくなる。しかし、彼女との関係が予期せぬ事態を迎えたことで、徐々に破壊の道へと足を踏み入れていくことに…。


 まずはじめに、ハッキリとさせておきたいことがある。それは、本作は決して犯人を擁護するわけではなく、肯定するわけでもなく、同情しているわけでもないということ。本作を薦めるにあたり、僕自身もその姿勢は変わらない。35名もの命が失われ、15名が負った傷や恐怖があり、その家族や関係者が味わった怒りや嘆きがある以上、どんな事情があったとて、許されることではない。では、本作は一体何を描いているのか。その答えにこそ、本作最大の価値や魅力が宿っており、その答えに触れて欲しくて、僕は本作を紹介するのです。


 結果として、当時27歳の青年は凶悪事件を引き起こし、数多の命を奪った。社会的に「悪」であることは揺らがぬ事実。だが、持って生まれた人間としての性質そのものが「悪」であったのかまでは分からない。日頃ニュースなどで報じられる“結果”にばかり目が留まり、僕たちはその辺りを突き詰めて考えない。けれど、もしその始まりが「悪」でないのなら、事件を引き起こすに至ったトリガーがあるはずだ。


 青年の日常から垣間見えるもの。それは耐え難い“孤独”。周囲と同じように生きられない自身に苦悩し、他者と関係を築きたくても上手くいかない現実に辟易し、誰かに必要とされたくて奇行へと走る彼の心情は、(メンタルヘルス等の問題を抱えていた可能性があるとはいえ)決して理解不能なものではないと思う。


 誰だって、理不尽な出来事やどうにもならない現実に直面すれば、何もかも投げ出したくなってしまう瞬間が訪れる。そこで踏み留まれるとすれば、それはおそらく他者の支えがあればこそ。家族・恋人・友人・SNSの繋がりでも構わない。たった一人でも自分を必要としてくれる他者の存在を認識できたのなら、僕たちはきっと踏ん張れる。しかし、その存在が失われたのなら、端から存在しないのなら、狂気へ足を踏み入れる可能性は高まり、もしそこに「銃」という選択肢があれば、自身と他者のどちらに向けるにしろ、引き金を引いてしまう可能性はゼロではない。


 犯行へと至るまでに青年が辿った道筋を通し、自身が狂気の扉を開けずに済んでいる理由、銃という選択肢があることで生じる悲劇、自身が誰かにとっての救いになり得ることを、本作は強く突きつけてくれることだろう。同じ過ちが繰り返されぬよう、より良き未来が訪れるよう、願いを込めて。




『ニトラム/NITRAM』

監督 / ジャスティン・カーゼル

出演 / ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ジュディ・デイヴィス、エッシー・デイヴィス、ショーン・キーナン 他

公開 / 3月25日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺 他

©︎2021 Good Thing Productions Company Pty Ltd, Filmfest Limited

ミヤザキタケル 映画アドバイザー

WOWOW、sweetでの連載のほか、各種メディアで映画を紹介。『GO』『ファイト・クラブ』『男はつらいよ』がバイブル。

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