『冬薔薇』阪本順治監督 × 伊藤健太郎 インタビュー「お互いの恥ずかしいことを全部話し合いました」

テラスマガジン編集部

阪本順治監督が伊藤健太郎のために書き下ろした最新オリジナル映画『冬薔薇(ふゆそうび)』。小林薫、余貴美子ら日本が誇る豪華俳優陣を共演に迎えた本作は、ある港町を舞台に、そこで生きる者たちの姿を描いた群像劇だ。この企画がどのようにして始まり、二人はそれぞれどのように作品に向き合ったのか。本作にかける想いを語ってもらった。

これ以上ないものができたと思います。──阪本順治

役者として、一人の人間として、得るものばかりの現場でした。──伊藤健太郎

のタッグが誕生した経緯

阪本:“伊藤健太郎主演で映画を撮りませんか?”と声をかけられたのがすべての始まりです。でも僕は彼と面識がありませんでしたし、演技を見たこともほとんどなかったためか、自分とは無縁の存在だと思っていました。なので一度会わせてもらったんです。会う前からこの企画について前向きに考えてはいましたが、40歳も年齢が離れた俳優を自作の主演に迎えるのは初めてで不安がありますし、伊藤くんが起こした事故のことについても話を聞きたかった。そこでの彼の印象によって、本格的にこの企画に着手するかどうか考えようと思っていました。伊藤くんの生い立ちをはじめ、あらゆることを聞きましたね。
正直、答えるのがキツかったこともあると思います。でもそういったことを全部話してもらわないと、脚本を書くにあたって彼に対する想いが湧いてこないと思ったんです。伊藤くんは“何でここまで聞かれるんだろう?”と感じたんじゃないかと思います。もちろん、彼にだけ質問を浴びせるのではなく、僕自身も彼に対して自分の恥ずかしいことを全部話しました。

©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

伊藤:気がつけば自分のすべてを話しちゃったという印象です。生い立ちは人それぞれ違いますし、あまり言いたくないことってありますよね。でもなぜだかそれをぽろぽろ喋っちゃった不思議な2時間でした。僕に寄り添おうとしてくださる阪本監督の姿勢があってこそだと思います。それに僕の中で何より大きかったのは、あのタイミングで自分とお仕事をしようとしてくださる方々がいるということです。そのお気持ちだけでも嬉しかった。
僕が主演の映画の企画が本当に実現するかしないかは置いておいて、自分に対して手を差し伸べてくださる方がいる。監督をはじめ本作に携わった方々は、当時の僕と仕事をすることにリスクがあることを理解してくださっていた。この事実を前にして、隠すことは何もないと思いました。本当に深いところまで阪本監督にはお話しさせていただきました。

藤健太郎に当て書きした脚本

阪本:脚本を執筆する際にヒントになったのは、伊藤くんが話してくれた父親との関係性です。もちろん、聞いた話をそのまま物語にトレースしているわけではありません。僕自身はこれまでに、“父性”をテーマとした作品を撮ってきました。『半世界』(2019年)なんかもそう。これは僕が映画を撮るうえでの連綿たるテーマです。
なので『冬薔薇』は、過去作から一貫してある自分の作り上げたい世界観の中に、伊藤くんが語ってくれた家族の話から得たものを取り入れて成立させました。あくまで彼の話はヒントです。いまの若い世代に感じるある種の“幼さ”と、いい年齢でありながら未だに成熟しきれない僕自身の“幼さ”を、架空のキャラクターである淳に反映させました。みんな間違ってしまうし、みんな迷っていて、みんな自分の居場所を見つけられずに漂っている──この根底にある考えが、“淳像”を作り上げています。

©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

伊藤:当て書きしていただけるというのは、本当に俳優冥利に尽きます。監督のおっしゃるように、淳と僕は全部が全部同じというわけではありません。でも、父親との会話や母親との会話など、状況は違うけれど理解できる部分や共感できる点が多分にあって。“似たようなことが自分にもあったな”と、脚本を読んでいてグサグサ刺される感覚がありました。僕自身この仕事を10代の頃からやらせていただいていて、同世代の友人たちより先に大人の世界に飛び込むことになりました。
そしてそこで僕は大人になることを求められ、“大人のフリ”をしていたんです。すると次第に心と身体のギャップが生まれてきて、友人たちとの距離を感じるようになりました。決して独りぼっちだったわけではありませんが、でもどこか孤独感を感じていた。あの感覚に近いものが、淳の陥っている“行き場の無さ”にも影響しているんだろうなと。『冬薔薇』も淳という役も、これまでに僕が対峙してきた作品やキャラクターとはタイプが異なるので新鮮さがありましたし、僕との対話を経てこうして書き下ろしてくださった監督の想いが脚本から強く感じられました。

本作品ならではの現場の様子

伊藤:本作の現場で驚いたのは、阪本監督がずっとカメラの真横にいたことです。僕たちのお芝居をモニターを通して見るのではなく、監督ご自身の目で直接見てくださっていました。距離が近いのですぐにお話しもできますし、キャストに対して、スタッフに対して、現場そのものに対して、すごく愛のある方だと感じました。目の前にいるのでもちろんプレッシャーもあるのですが、どちらかといえば安心感の方が大きかった。
企画が本格始動する前の二人でのお話しの段階からそうですが、“俳優・伊藤健太郎”だけでなく、“一人の人間としての伊藤健太郎”に向き合ってくださいました。そしてそれは共演した方々にも言えることでした。小林薫さんも余貴美子さんも、僕自身の両親と同年代の方たちということもあり、カメラの回っていないところでも本当の親子のような関係性が生まれているのを感じていました。

©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

阪本:常にカメラの横にいるというのは僕としては当然のことですね。モニターを通して見る役者さんの表情と肉眼で見る役者さんの表情のどっちが正解かと言ったら、もちろん肉眼の方なんです。モニターがセッティングされることなんてなかったフィルムの時代に育ったため、未だに慣れないというのもありますし、やはり何かあったときすぐにキャストやスタッフと話しができる位置に立っていたい思いがあります。
そして監督の仕事とは、役者の顔を撮ることだと思っています。どんなシーンで、どのようにアップを撮るのかが重要です。説明ゼリフがあるのであれば、引いて撮ればいい。淳は悪さをしますが、周囲の環境に流されているだけなので、基本的に受け身の人間なんですよ。その受け身の人間に何か変化が生まれる瞬間をクローズアップで捉えています。淳の言葉にならない、言葉にできない感情が生まれる瞬間に、カメラは寄っているわけです。映画の主役というのは、このクローズアップに耐えられる役者なのかどうかだと思います。伊藤くんは映画のクローズアップというものを非常に魅力的にする役者です。

れぞれにとっての『冬薔薇』

伊藤:役者として、一人の人間として、得るものばかりの現場でした。監督からは、演技には引き算も大切なのだということを教わりました。いざ本番になってカメラが回ると、僕はどうしても何か余計なことをやってしまうんです。これまでの作品ではそれを求められてきたことが多かったというのもあってか、特にセリフがないシーンでは“何かやらなくちゃ”という考えに囚われている自分がいました。もちろんそれが必要な作品もあります。でもそれがすべてではない。経験豊富な先輩方の中で勉強させていただきました。
ですが、正直なところ現場に入るまでは本当にこの企画が実現するのか不安でした。出演が決まりかけた仕事がダメになってしまうことがこれまでにあったからです。監督とお会いした後も、“たぶんダメになるだろうな”と思ってしまっている自分がいました。というより、その考えを心の保険として持っているフシがあったんです。もしダメでもしょうがないと思えるように。けれどもこうして『冬薔薇』は完成しました。芝居ができることの喜びを噛み締めています。

©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

阪本:人間って、誰かに傷つけられたときの記憶よりも、誰かを傷つけてしまったときの記憶の方が強く残るものだと思います。“なぜあんなことを言ってしまったのか”とか、“なぜあんなことをしてしまったのか”だとか。そういったことを僕自身よく振り返ります。本作は伊藤健太郎ありきの企画で、彼が演じる淳は悪気なく人を傷つけてしまうキャラクターですが、この性質は僕の中にもあったものなんです。だからこそ、40歳も離れた伊藤くんとのタッグであっても、いつも通りに映画を作ることができました。
近年は、“いま作っている映画が最後でも構わない”と思いながら制作に取り組んでいます。日本の映画界には若くて優れた監督が次々に登場してきますよね。僕も若い頃はとにかく前に出ようとしていましたが、いまは“後ろに退くことはできない”という一心でやっています。世間には戸惑いを持って迎えられる作品かもしれませんが、僕自身も自分のことをさらけ出せた作品です。これ以上ないものができたと思います。

阪本順治
さかもとじゅんじ|映画監督
1958年10月1日生まれ。大阪府出身。大学在学中より石井聰亙(現:岳龍)監督、井筒和幸監督などの現場にスタッフとして参加。89年、赤井英和主演『どついたるねん』で監督デビュー。多くの映画賞を受賞。藤山直美を主演に迎えた『顔』では、日本アカデミー賞最優秀監督賞、キネマ旬報日本映画ベスト・テン1位など主要映画賞を総なめにした。以降もハードボイルドな群像劇から歴史もの、喜劇、SFまで幅広いジャンルで活躍。近年の主な作品に『半世界』、『一度も撃ってません』、『弟とアンドロイドと僕』などがある。

伊藤健太郎
いとうけんたろう|俳優
1997年6月30日生まれ。東京都出身。モデル活動を経て、2014年にドラマ「昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜」で俳優デビュー。『俺物語!!』でスクリーンデビューを果たし、『デメキン』で映画初主演。近年の主な出演作品に『宇宙でいちばんあかるい屋根』、『とんかつDJアゲ太郎』、『十二単衣を着た悪魔』などがある。本作『冬薔薇(ふゆそうび)』で阪本組初参加。

©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

『冬薔薇(ふゆそうび)』
脚本・監督 / 阪本順治
出演 / 伊藤健太郎、小林薫、余貴美子、眞木蔵人、永山絢斗、毎熊克哉 他
新宿ピカデリー他にて公開中
©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

撮影 / 堀弥生
取材・文 / 折田侑駿
ヘアメイク(伊藤) / 西岡達也(Leinwand)
スタイリスト(伊藤) / 前田勇弥
衣装(伊藤) / ジャケット ¥68000、パンツ ¥38000 ともにSISE(シセ)問い合わせ先 :株式会社VAL 03-6277-2147 / その他スタイリスト私物

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