『さかなのこ』沖田修一監督 × のん インタビュー「沖田監督は“えいがのこ”なんだと思います」 2022.8.29

さかなクンの自伝本『さかなクンの一魚一会 〜まいにち夢中な人生!〜』をもとに、沖田修一監督が主演にのんを迎えて手がけた『さかなのこ』。自分の好きなことに真っ直ぐな主人公がやがて“さかなクン”になるまでを描いたハートフルな作品だ。「主人公を演じられるのはのんさんしかいない」と考えていた沖田監督と、沖田作品のファンだったというのん。初タッグの感触について語ってもらった。
のんさん自身が主人公のような感じやヒーロー的なところが、さかなクンと似ている。──沖田修一
沖田監督は“えいがのこ”なんだとずっと思っています。──のん
『さかなのこ』制作への着手の経緯
沖田「本作の企画が動き出したのはずいぶん前のこと。プロデューサーから“さかなクンの自伝本を映画化する企画がある”という話を聞かされました。それを知って、ぜひとも自分がやりたいと名乗りを上げたんです。さかなクンのことはずっと好きで、“さかなクンって何者なんだろう?”と興味がありました。“さかなクンのことを知りたい”、“彼の映画を撮れる機会はほかにない!”と思ったのがすべての始まりです」
のん「私はこのお話をいただいた時点で、“絶対やる!”と思いました。現場では隠していたのですが、沖田監督のファンですし……」
沖田「そうなんですか! なんで隠してたんですか(笑)」
のん「だって、現場にファンがいるとやりにくいですよね? だから私はファンであることを隠して、あくまでいち役者として参加することに努めました。沖田監督の映画に出られるのはすごく嬉しかったし、さかなクンの役を自分が演じられるなんて夢のようなお話。とにかく興奮したのを覚えています。劇中では学ランを着用したりするので男の子の役ではあるのですが、さかなクンはさかなクンという唯一無二の存在ですよね。性別がどうこうという話じゃない。なんだかしっくりきました。私がさかなクンを演るということが」
沖田「自分で思ったんですね(笑)」
のん「この役は誰にも譲りたくなかった。実現して良かったです」
©2022「さかなのこ」製作委員会
沖田「キャラクターの性別と演じる方の性別が異なるというのはあまりないことだと思うので、最初は冒険だと感じていました。でも次第に、“そんなこと関係ないんじゃないかな?”と思うようになってきた。僕自身も、このミー坊という役を演じられるのは“のんさんしかいない”と思っていましたし、性別に関係なくのんさんにお願いするのがベストだと考えたんです。なので企画が始動した早い段階から、のんさんがさかなクンを演じるということを考えて進めていました」
“ヒーローもの”のような物語
沖田「シナリオとしては、例えさかなクンを知らない方が観ても、劇場でこの魅力的なキャラクターに出会って、一緒に楽しい時間を過ごしてもらえるものにしたいと思っていました。原作に記されているのは、ただただ魚が好きな人が、もっと言えばとにかく何かに夢中な人間が、その想いを貫いて生きていくお話ですよね。一番大切にした部分はそこです」
のん「私は初めて脚本を読んだとき、“ヒーローもの”のような印象を受けました。やがてさかなクンとなる主人公のミー坊は、魚が好きで好きでしょうがない。そしてそのパワーで突き進んでいき、やがては周りの人々にも影響を与えます。これってすごくヒーロー的だなと。私自身、ヒーローへの憧れが強くあります。ヒーローには社会を変える力がある。文字情報だけでも、ミー坊はいまの時代に必要とされるヒーロー像だと感じていました。実際に演じたことで、世界の見え方が広がりましたね。何より魚が好きになりましたし」
沖田「いまこうしてお話ししていて感じる、のんさん自身が主人公のような感じやヒーロー的なところが、さかなクンと似ていると感じます。そういう素質を持っている方だと潜在的に分かっていたからこそ、のんさんがさかなクンを演じる姿がはっきりと浮かんだのかもしれません。現場ではのんさんが、どこまでセクシャリティの問題を抜きにして演じるのだろうかと注目していたのですが、本当に違和感がないんです。そういったものを超越していました。本作に取り組むにあたって生じる心配事は、のんさんがミー坊を演じること。でも、のんさんが主演を務めることですべて拭い去りましたね」
©2022「さかなのこ」製作委員会
のん「私、学ランが似合う自信はあったんですよ。さかなクンの帽子を被ってお芝居することには、やはりご本人がいるので多少ハードルがありましたけど(苦笑)。でも撮影を重ねるうちに身体の一部になっていくのを感じていました。現場で一番意識していたのは、すでにお話ししたように、沖田監督のファンだとバレないようにすること。普段よりも“俳優部の一人として現場に存在すること”を意識していました。いつも以上に役者めいていたと思います」
沖田「本当に役者めいていましたよ(笑)」
のん「現場では沖田組特有の空気が流れていて、その中で沖田監督は猛烈に集中していらっしゃいます。その空気に溶け込んでいけば、自然とミー坊になれる感覚がありました。すごく幸せでしたね。愛が溢れていました。沖田監督は“えいがのこ”なんだとずっと思っています」
沖田組ならではの空気感
©2022「さかなのこ」製作委員会
のん「沖田監督の演出で印象深かったのは、劇中のとあるシーンを撮影しているときのこと。脚本に記されている内容を私自身の解釈で演じていたのですが、私の演じ方では観る人によって印象が変わってきてしまうと。もちろん、基本的に受け取り方は観客の方それぞれの自由です。けれども、間違った受け取り方をされてしまうとダメな場合だってありますよね。そのシーンは短いけれど、とても重要なシーンなんです。丁寧に演出意図を話してくださり、最適解へと導いてくださいました」
沖田「僕もあのシーンでのやり取りは印象に残っていますね」
のん「それと私、現場では沖田監督のことを観察していました」
沖田「もう、ろくなもんじゃないですよ(苦笑)」
のん「沖田監督は“えいがのこ”。すごく集中してらっしゃるとき、歩き方や佇まいがすごくチャーミングなんです。“このシーンを撮っているときにはどんなことを考えているんだろう?”なんて想像しながら、いろいろと盗もうとしていました」
沖田「何を盗むんですか(笑)。のんさんに僕はどう見えていました?」
のん「例えば、考えをまとめるために歩き回っているときの沖田監督は、小股なんです」
沖田「小股で……ペンギンのような?」
のん「ここで盗んだものは、足ヒレをつけて撮影をするシーンに活かされました」
沖田「(笑)。無意識のうちに変なことをたくさんしていそうで恥ずかしいです」
のん「いえ、監督が高い集中力で現場に臨んでらっしゃるので、現場全体にその空気が浸透しています。ほかのキャストの方々も同じことを感じていたんじゃないかと思うのですが、そのような空気の中なので、ただひたすらに自分の役に打ち込むことができる環境なんです。キャスト・スタッフの誰もが、役に対して、作品に対して、そして現場そのものに対して深く大きな愛情を持っているのを感じました。これってすごく幸せなことですよね」
沖田「嬉しいです。本当はリラックスして臨みたいんですけど、どうしても小股で歩かなければならないような状況にいつもなってしまうんですよね……。でものんさんのお話を聞いていて、僕が悩んだり困ったりしているのはその瞬間に真剣に向き合っているからこそのものであり、それをみなさんが好意的に受け止めてくれているのかなと。誰もが正解を持っているわけじゃないですもんね。だからいまの僕のようなスタイルも悪くないのかなって。とはいえ、もう少しうまいこと現場では振舞いたいものです(苦笑)」
沖田修一
おきたしゅういち|映画監督
1977年生まれ。埼玉県出身。日本大学芸術学部映像学科卒業。短編映画の自主制作を経て、2002年、短編『鍋と友達』が第7回水戸短編映像祭にてグランプリを受賞。その後『南極料理人』『キツツキと雨』が国内外で高い評価を受け、『横道世之介』で第56回ブルーリボン賞最優秀作品賞などを受賞。近作に『滝を見に行く』『モヒカン故郷に帰る』『モリのいる場所』『おらおらでひとりいぐも』『子供はわかってあげない』などがある。
のん
のん|女優・創作あーちすと
1993年生まれ。兵庫県出身。2016年、劇場アニメ『この世界の片隅に』で主人公・すずの声を演じ高い評価を得る。2020年に主演を務めた『私をくいとめて』で第30回日本映画批評家大賞にて主演女優賞を受賞。女優業のみならず映像制作の分野にも挑戦し、2022年2月公開の「Ribbon」では脚本・監督・主演を務めた。2017年に自らが代表を務める新レーベル「KAIWA(RE)CORD」を発足。創作あーちすととしても活動を行い、各地で個展を開催し話題に。
©2022「さかなのこ」製作委員会
『さかなのこ』
監督 / 沖田修一
出演 / のん、柳楽優弥、夏帆、磯村勇斗、岡山天音、さかなクン、三宅弘城、井川遥
公開 / 9月1日(木)よりTOHOシネマズ日比谷 他
©2022「さかなのこ」製作委員会
あらすじ
そのままで、きっと大丈夫。
これは、迷っても転んでも前へ進む、私たちの物語。
お魚が大好きな小学生・ミー坊は、寝ても覚めてもお魚のことばかり。他の子供と少し違うことを心配する父親とは対照的に、信じて応援し続ける母親に背中を押されながらミー坊はのびのびと大きくなった。高校生になり相変わらずお魚に夢中のミー坊は、まるで何かの主人公のようにいつの間にかみんなの中心にいたが、卒業後は、お魚の仕事をしたくてもなかなかうまくいかず悩んでいた…。そんな時もお魚への「好き」を貫き続けるミー坊は、たくさんの出会いと優しさに導かれ、ミー坊だけの道へ飛び込んでゆくーー。
撮影 / 角戸菜摘 取材・文 / 折田侑駿