柄本佑「一人ひとりの解釈を持ち寄って、照らし合わせてみるのが映画作りの現場」インタビュー『ippo』

テラスマガジン編集部


『ムーンライト下落合』『約束』『フランスにいる』という、柄本佑が手がけた3本の短編映画からなる作品集『ippo』。いずれも“二人の男”の関係を描いた加藤一浩の戯曲を映画化したものだ。多種多様な映画作品に参加し幅広い層から支持される俳優・柄本佑は、監督として、いまどのような心境でいるのか。映画監督・柄本佑の素顔に迫った。

「一人ひとりの解釈を持ち寄って、照らし合わせてみるのが映画作りの現場」


──これまで時間をかけて手がけてこられた3本の映画が、『ippo』というかたちで公開されますね。現在の心境はいかがですか?

「それ、初めて聞かれました……。緊張はしていますが、とても不思議な感じです。現状はまだ関係者の方々だけにしか観てもらえていないので、どのような人が観て、どんな受け止め方をしてくださるのか非常に楽しみです。

本作の1本目にあたる『ムーンライト下落合』は2017年に劇場公開されましたが、30分の作品ですし、一週間限定での上映でした。それに対して今回は体感していただく時間の長さも違いますし、やはり3本立てなので、そこにどのような共通点を見出してもらえるのか楽しみです。受け止め方は十人十色だと思うので」

──こうしてお話しをされるのは、俳優としての立場の柄本さんと、監督という立場での柄本さんとでは違うものでしょうか?

「全然違いますね。俳優として話すときはある意味で無責任なんですよ(笑)。インタビュー記事内の僕の発言を監督が読んだときに“どう思うかな?”ということをあえて話してみたり。なのでいま、その逆の状況に置かれています(苦笑)。

でもこういった機会が重要なのだと改めて実感しますね。撮影当時に思っていたことなどを、“言葉”にしなければならないからです。当時はまだ曖昧だった考えが、時間を経たいま明確になったりするんですよ。探していたものが思いがけず見つかったり。こうしてインタビューをしていただくことで、新たに発見するものもあります」


──それではここで企画のはじまりまで遡り、その経緯を教えてください

「はじまりは十数年前のことになるのですが、この『ippo』全作の脚本を担当している加藤一浩さんと一緒に、長編映画の脚本を書き始めたのが原点です。月に一度くらいのペースで会って、僕がどんなことをやりたいと思っているのかを話し、それを加藤さんが持ち帰って執筆。

それからまた一ヶ月後に話し合う。これを繰り返していたのですが、初稿が上がる頃には5年の時が経っていました……。そうして完成した脚本をいろんな人に読んでもらうものの、反応は微妙。やりたいことを詰め込んでいたので、ごった煮的なものになっていたんですよね。

そこからは削る作業です。そんなときに加藤さんから“もう5年も経っちゃったから、もしほかに映画を撮るチャンスがあれば、そちらを優先してくれていいからね”と言われました。つまり、“僕の脚本にこだわらなくていいよ”ということです。そこでハッとして、これまでに加藤さんが書いた戯曲を読ませて欲しいと頼んだのが『ippo』の本格的なはじまり。すごく面白くて、映画としての画が浮かびました。すぐに“映画化させてください”とお願いしました」


©がらにぽん

──制作の流れはどのようなものだったのでしょうか?


「まず2016年に着手したのが『ムーンライト下落合』です。友人である森岡龍に“この戯曲を映画にしようと思ってるんだよね”と話してみたところ、三宅唱監督やプロデューサーの松井宏さんに相談してみることを提案されました。ちょうどそのタイミングで、僕が出演した『きみの鳥はうたえる』(2018年)の撮影延期が決定したんです。

そういった流れもあって、森岡や三宅さんが助監督として参加してくださったり、松井さんがプロデューサーを務めてくださったり。撮影には四宮秀俊さん、音楽には黄永昌さんなど、強力な座組が誕生しました。さらにそこで、とても忙しい加瀬亮さんと宇野祥平さんに出演のお声がけをして……。どの作品もそうですが、さまざまな運が重なった結果として生まれたものですね」


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──戯曲を映画化するための脚色としてはどういったものがありますか?

「僕は“脚色”というかたちで関わっていますが、すべてが男同士の物語であり、ほとんどそのままです。『ムーンライト下落合』でいうと、宇野さんのバックショット越しに月が見える画が浮かんだ瞬間に、映画にしたら面白いはずだと思いました。舞台でも照明を工夫して表現する方法がありますが、具体的に月をドーンと出現させられるのは、映画ならではだなと。

続く『約束』はもっとも加筆しましたね。原作のラストシーンのその先までを映画は描いていますし、映画にしか登場しないキャラクターもいます。これはある兄弟の関係を描いた物語で、弟役を僕の実弟である柄本時生にお願いし、兄役を渋川清彦さんにお願いしました。原作戯曲でもそうなのですが、この兄が情けないんです。弟に背を押されないと動くことができない。でも、もしも弟に危機が迫れば守ろうとする。脚色したポイントとしては、アニキとしての僕自身の想いを反映させていますね。“情けない兄だけど、こんなにアニキらしいところもあるんだぜ!”っていう(笑)。

旅人と画家の話である『フランスにいる』もほとんど原作のまま。違う点でいうと、小道具を効果的に用いた設定を加えているところと、原作では画家は最後まで何も描きませんが、この映画では“何かを描き始める”というところまで至らせています。僕が戯曲を読んだときの希望的な解釈を映画に込めました」


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──キャスティングにはどんなこだわりがあったのですか?

「戯曲を読んでみて、ポンと頭に浮かんだ方々にお願いしました。『ムーンライト下落合』では、一人の男の役として加瀬さんが思い浮かんだ時点で、その友人役は宇野さんしかいないなと。

『約束』の弟役を時生にお願いするのは安易かもしれないと思いましたが、でもやっぱり時生がいい。そうしたときに、兄は渋川さんに演じて欲しいとすぐに思いましたね。

唯一、『フランスにいる』は悩みました。旅人の役はぜひ高良健吾に演じて欲しいと思いましたが、“描かない画家”の役はなかなか思い当たる人がいない。俳優ではない人がいいのかもしれないとも考えました。プロデューサーからは“佑くんがやればいいんじゃない?”とも提案されたのですが、それはどうも違う。

いろいろ悩んでいるうちに、この“描かない画家”の存在が、長い時間をかけてやり取りを重ねてきた加藤さんの姿とリンクしました。加藤さんって、一ヶ月かけて書いてきたものが一行だけだったりするんですよ(笑)。リンクした瞬間、加藤さんに演じてもらうべきだと確信しました」


──映画を監督することによる、俳優業への意識の変化などはありますか?

「いまのところはそんなに感じていません。というのも、普段から俳優活動をやっている中で、自分の職域内でも監督めいたことをやっているように思うからです。現場に関わる多くの人々が、作品に対するそれぞれの解釈を持っているはず。みんなが同じことを考えるわけではありません。一人ひとりの解釈を持ち寄って、照らし合わせてみるのが映画作りの現場ですよね。

撮影終了後の編集段階で、音をつけてみて視野が広がったりもします。自分のやりたいことをガチガチに固めていくのか、それとも他者の考えを受容してみるのか。もちろん、監督の立場だと選択して決断しなければならないことは多いです。けれども、どの部署もそうですが、俳優も一人ひとりが自分なりの作品へのディレクションを行っているはず。僕自身、そこへの意識は変わりません」



柄本佑
えもとたすく|映画監督・俳優
東京都出身。映画『美しい夏キリシマ』で映画主演デビュー。2018年『きみの鳥はうたえる』、『素敵なダイナマイトスキャンダル』、『ポルトの恋人たち -時の記憶-』などにより、キネマ旬報ベスト・テン最優秀主演男優賞、毎日映画コンクール最優秀男優主演賞などを受賞。近年の主な出演作は『火口のふたり』、『アルキメデスの大戦』、『痛くない死に方』、『心の傷を癒すということ-劇場版-』、『殺すな』。また『ハケンアニメ!』などで第44回ヨコハマ映画祭助演男優賞など受賞。監督作品として『帰郷★プレスリー』や『夜明け』などを発表。待機作に『シン・仮面ライダー』(庵野秀明監督)がある。


『ippo』
監督・脚色・編集 / 柄本佑
脚本 / 加藤一浩
出演 / 加瀬亮、宇野祥平、渋川清彦、柄本時生、高良健吾、加藤一浩
絶賛公開中
©がらにぽん

俳優の柄本佑が2017年から22年にかけて監督した3本の短編をまとめた短編集。『ムーンライト下落合』で久々に再会する友人ふたりに加瀬亮と宇野祥平。『約束』の兄弟に渋川清彦と柄本時生。『フランスにいる』の画家とそのモデルに加藤一浩と高良健吾。また柄本佑が主演を務めた『きみの鳥はうたえる』(18)の四宮秀俊が全編撮影を担当。ほかにも映画監督の三宅唱や俳優・映画監督の森岡龍らが助監督で参加している。柄本自ら一緒に映画を作りたい人々に声をかけ、小さなチームで丁寧に撮りあげた、真面目で不思議、ユーモラスでセンチメンタル、そしてときに楽しくも不条理な3本。

撮影 / 角戸菜摘 取材・文 / 折田侑駿 スタイリスト / 林道雄 ヘアメイク / 星野加奈子
衣装 / ジョルジオ アルマーニ <問い合わせ先>03-6274-7070

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