前田敦子が『一月の声に歓びを刻め』で意識した「どれだけ無になれるか」 三島有紀子監督のオファーを受けた決意とは

テラスマガジン編集部

『幼な子われらに生まれ』『Red』などで知られる、三島有紀子監督の長編10本目となる『一月の声に歓びを刻め』。監督自身が47年間向き合い続けてきた「ある事件」をモチーフとし、自主映画からスタートしたオリジナル企画だ。3つの場所を舞台にした物語で、監督自身の思いを最も投影させた女性“れいこ”を演じ切った前田敦子が、「本当に伝えたいこと」を伝えるために、「どれだけ無になれるか」を意識した。「とても難しいことをやらせてもらった」と語った。

“一カ月くらい迷った”三島有紀子監督からのオファーへの決意

――オファーを受けて、出演決意への後押しになったものは何だったのでしょう。

前田「脚本をいただいたとき、はじめに監督の思いが書かれていました。正直、一カ月くらい迷いました。毎回考えることですけど、“自分がやって大丈夫なのか”、“ちゃんと応えることができるのか”と。今回は特に考えました。ただ、私が迷っている間もずっと、ほかの方を探すでもなく、“そろそろ返事はどうですか?”といったこともなく、すごくまっすぐにいてくださって。三島監督にならついていくことができるかもしれないと思って決意しました」

――あくまでフィクションではありますが、監督の思いが投影された分身といえる“れいこ”を演じました。れいこや作品の印象を聞かせてください。

前田「たしかに監督自身の経験や思いが入っていますが、それを訴えかけてくる感じでも、押し付けてくるわけでもなくて、いろんな風に受け取ることのできる脚本だなと感じました。もちろん独白のシーンは辛いところがありました。撮影も、実際の場所で行いましたし。淡々と説明してくれた監督の伝えたいことを、ちゃんと腑に落として、削がないように届けられたらと思いました。嘘のないものだからこそ意味のあるものになると感じましたし。それにこの作品は、全体を通して、ギュッギュッと狭い世界で苦しんでいる様ではなくて、すごく壮大な世界を見せてくれていて、気持ちよく深呼吸しながられいこのところまで行けます。いろいろ考えさせてくれる余白があると思いました」

――れいこは、坂東龍汰さん演じる“トト”と出会います。“トト”がホテルの窓をバン! と大きく開け放ってからのシーンがとても印象的です。

前田「れいこは、特に母親に対してですが、完全に心を閉ざしている人です。そんな彼女にとって、周囲の音が聞こえるようになったのが、彼が窓を開け放って、ホテルのベランダに出るところからだと監督がおっしゃったんです。そこで世界が開けていった。実は最初、坂東さんの演じた“トト”は、イタリア人の方が演じる方向だったんです。それが“設定は変わらないけれど、日本人が演じてもいいのかなと考えている”というのを監督から聞いて、坂東さんになって。“トト”がイタリアの方だと、なかなか想像できないものも多かったんですが、それも自分として演じやすいかなと思えた理由でもありますね」

――なるほど。前田さんのれいこは、客観的に見るのではなく、自分を投影しながら見る感覚になりました。

前田「そう思ってもらえると嬉しいです。れいこの話って、実は特別ではないと思うんです。大なり小なり、人は傷ついたことがあるし、悩みもある。その一部を描いているだけなんだという感覚が常にありました。ただ、順序だてて、“最後の独白で気持ちを全部吐き出したいんです”みたいな方向に持っていくと、逆に観ている人に届かなくなってしまう。すでに脚本に監督の伝えたいことがいっぱい入っているので、それではもったいない。だから、感情の波を変に分析せずに、頭をまっさらにして臨みました。その時思ったままにセリフを並べていけたらと。感情だけが出てしまっても、本当に伝えたいことが伝わらないので。どれだけ無になれるか、だったかもしれないです。とても難しいことをやらせてもらったと思います」

ノクロ演出に込められた映画的マジック

――3つの場所で物語が綴られますが、前田さんのパートだけモノクロです。

前田「監督の思いとして、色のない世界で生きている人がいると。それがまさにれいこだと。そういう意味でモノクロにしているとおっしゃっていました。それはそうだと思いましたし、映画的なマジックも感じました。モノクロって、それこそイタリア映画とかフランス映画のような雰囲気にもなったりして、いろんなものがいい相乗効果として出ているんじゃないかなと思います。最後にモノクロを持ってくるという監督の映画人としての感覚は、やっぱりステキだなと思います」

――三島監督の印象を教えてください。

前田「ずっと知っていましたし、作品も観ていました。いつかご一緒できたらと思っていましたが、ここまで愛情の深い方だとは思っていなくて、すごく感動しました。普段はとてもおしゃべりで明るい人です。そして演出になると寄り添ってくれます。愛情表現がとても豊かで、スタッフさんたちのこともすごく見ていて、誰のこともほったらかしにしません。全ての人を“大丈夫?”と見ていて、“マザーだな”と思っていました。とにかく心が広いです。それから映画愛もすごくて、本当に映画の図書館のようでした。頭の中にいっぱい映画をストックしているんだろうなと思いましたね」

――最後の歌についてもぜひ教えてください。まさに「届く」歌でした。ちょっとコミカルな雰囲気のある原曲とはまったく違う趣です。個人的には、れいこの自分自身へのエールと叫びの半々に聞こえました。

前田「まず、私という人間はいらないと思いました。言葉自体に映画と繋がって来る感情が隠れていて、だから監督が入れたんだろうと思うんです。なので、歌を歌うというより、映画の中の気持ちを言葉としてリズムに乗せられたらいいなと思いました。れいこが、自分の中で整理しているかのような感じで歌った気がします。実は何回かフルで歌ったんです。毎回フルで歌うという、そのことにも意味があるなと思って。そうじゃないと音楽に合わせて歌っている人になってしまうので。ただかなりハードでした(苦笑)。いろんな歌い方をしましたが、一番伝わるのは、ある程度声を張りながら地声で無理のないようにかなと。監督と音響さんといろいろ探りながらやりました。今思い起こすと、一番大変だった時間かもしれません」

――では、出来上がりをご覧になったときはいかがでしたか?

前田「カルーセルさんの叫びみたいなものも、そこに繋がっている感じがしました。監督がすごく粘って録ってくれたんですけど、監督の納得できるところまで試せてよかったなと思いました。すべてが、あの最後の歌声に繋がっているという演出にしてくれていて、とても嬉しかったです」

――前田さんが、『一月の声に歓びを刻め』と出会って得たものがありましたら教えてください。

前田「作品から個人として感じたのは、何かを得たというより、改めて、人はそれぞれに抱えているものがあるけれど、それは分からないのが当たり前。でもみんなそうなんじゃないかなということです。自分の人生において得たものとなると、すぐに分かるものではないので、この先、ふとあの時この作品に出会えたからかなと思う日があるのかなと思います。ただ映画というのは、やっぱり監督が舵を切るものだということと、監督との意思疎通できることの大切さ。信頼関係を作れると、会話はいらないんだということを、とても感じられた作品でした」

『一月の声に歓びを刻め』
監督・脚本 / 三島有紀⼦
出演 / 前⽥敦⼦、カルーセル⿇紀、哀川翔、坂東龍汰、片岡礼子、宇野祥平、原田龍二、松本妃代、長田詩音、とよた真帆
公開 / 2024年2月9日(金)テアトル新宿ほか
©bouquet garni films

北海道・洞爺湖ーーお正月を迎え、一人暮らしのマキ(カルーセル⿇紀)の家に家族が集まるが、一家団欒のひとときに、そこはかとなく喪失の気が漂う。次女のれいこを亡くし、それ以降女性として生きてきた“父”のマキを、長女の美砂子(片岡礼子)は完全には受け入れていない。家族が帰り、静まり返ると、マキの忘れ難い過去の記憶が蘇りはじめる。東京・八丈島ーー牛飼いの誠(哀川翔)の元に妊娠した娘の海(松本妃代)が、5年ぶりに帰省した。交通事故で妻を亡くし、海の結婚さえ知らずにいた誠は、何も話そうとしない海に心中穏やかでない。海のいない部屋に入った誠は、手紙に同封された離婚届を発見してしまう。大阪・堂島ーー元恋人の葬儀に駆けつけるため、れいこ(前田敦子)は故郷を訪れた。橋から飛び降り自殺しようとする女性と出くわしたれいこに「トト・モレッティ」というレンタル彼氏をしている男(坂東龍汰)が声をかけてきた。過去のトラウマから誰にも触れることができなくなっていたれいこは、自分を変えるため、その男と一晩過ごすことを決意する。やがてそれぞれの声なき声が呼応し交錯していく。

前田敦子
まえだあつこ|俳優
1991年7月10日生まれ、千葉県出身。アイドルグループAKB48の第1期生として2012年まで活動。卒業以降は、テレビドラマや映画、舞台に多数出演、女優として活躍。2019年に映画『旅のおわり世界のはじまり』と『町田くんの世界』で第43回山路ふみ子映画賞女優賞を受賞。NODA・MAP第24回公演『フェイクスピア』で野田作品に初参加。近年の映画出演作に、『コンビニエンス・ストーリー』『もっと超越した所へ。』『そして僕は途方に暮れる』『あつい胸騒ぎ』がある。ドラマは『逃亡医F』(日本テレビ系)、『ウツボラ』(WOWOW)、『育休刑事』(NHK総合)、『かしましめし』(テレビ東京系)、『彼女たちの犯罪』(読売テレビ)等に出演。

撮影 / 西村満 取材・文 / 望月ふみ スタイリスト / 有本祐輔(7回の裏) ヘアメイク / 高橋里帆(株式会社HappyStar)
衣装 / ボトムス:AKANE UTSUNOMIYA、シューズ:KATIM、イヤーカフ:PLUIE

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