『LOST LAND/ロストランド』毎熊克哉×藤元明緒監督 対談前編

毎熊克哉

 俳優・毎熊克哉による連載「毎熊克哉 映画と、出会い」の最新回は、『LOST LAND/ロストランド』の藤元明緒監督が登場。日本とミャンマーを舞台に移民の物語を描いた長編デビュー作『僕の帰る場所』(2017年)を手がけて以降、抑圧を受けながら声を上げることのできない人々の姿を描いてきた。

 第82回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門にて審査員特別賞を受賞した最新作『LOST LAND/ロストランド』は、難民キャンプで暮らす幼い姉弟がマレーシアへと向かう過酷な旅の道程をリアリスティックに描き出した作品だ。毎熊はこの映画から何を受け取り、どんな言葉を口にするのか。対話の中で藤元監督の意外な一面も明らかになっていく──。

たまたま目の前で起きたことを捉えただけのようにしか思えない瞬間だらけ──毎熊克哉

現場で起こる予期せぬ出来事や、子供たちから生まれる身体的な反応をカメラに収めたい──藤元明緒

──毎熊さんは『LOST LAND/ロストランド』を観て、藤元監督にいろいろとお聞きしたいことがあるそうですね。

毎熊:藤元さんがどういう方なのか、なかなかイメージできなかったんですよ。映画を観れば、それをつくった人がどういう方なのか、なんとなく感じ取れるものじゃないですか。これまでこのコーナーに登場してくださった監督たちがそうです。でも藤元さんの場合、作品の情報からだけだとイメージが浮かばなかった。だから、現在に至るまでの歩みや、どんなことに関心があるのかなど、いろいろとお聞きしてみたいんです。映画の学校には、大学を卒業してから進んだんですよね?

藤元:映画というか、映像全般について学ぶ専門学校です。もともとはテレビの編集マンになりたかったんですよ。機材もたくさんあって、ここで扱い方などを学びましたね。と同時に、映画との本当の出会いもまた、この学校でのことでした。授業の一環で、はじめてミニシアターを訪れたんです。

毎熊:高校や大学時代から映画の道を志していたわけじゃないんですね。

藤元:まったくですよ。大学では心理学や社会学の領域で学んだのですが、卒業後は販売員になる人が多いらしいです。高校では微生物技術科で、ひたすらパンを発酵させていましたね。それから、小学生の頃からずっとバスケをやっていて、進路は部活基準で選んでいました。

──微生物で、パンを発酵……。

毎熊:ごめんなさい……。ここまで聞くかぎり、『LOST LAND/ロストランド』に結びつくものが何もない気がします。専門学校に進む前は、映画との距離感はどんなものだったんですか。

藤元:大学時代にシネコンで働いていて、この頃にたくさん観ていましたね。当時は『アイアンマン』(2008年)をやっていて、マーベル作品のような商業映画が大好きでした。映画もそうですが、僕は映画館が好きなんです。そしてちょうどこの頃、大学のサークルで映像の記録や編集をやってみたら、すごく面白くてハマってしまって。専門学校で学びたいと思ったんです。

毎熊:そこでミニシアターに出会ったと。シネコンとは上映作品も環境も、まったく違いますよね。

藤元:違いますね。僕が訪れたのは大阪のシネヌーヴォで、ここではじめてエンタメ以外の映画作品に触れました。そして、自分でもつくってみたいと思うようになったんです。卒業制作で撮った短編は海外の映画祭などでも上映されたのですが、ボロカスに言われましたよ(苦笑)。そこで、監督としてやっていこうという強い思いが芽生えた。

毎熊:やっぱり藤元さんって、かなり意外性がありますね(笑)。でも、初長編の『僕の帰る場所』はミャンマーを舞台にした作品じゃないですか。それまでの監督の歩みからは大きな飛躍があるように感じます。

藤元:とにかく映画を撮りたくてたまらない時期に、「ミャンマーで映画を撮る人募集!」みたいな案内がFacebookで回ってきて。いま考えたら怪しすぎますよね(笑)。でもとにかく飛び込んでみたところ、監督として採用してもらえることになったんです。ただ、いざ蓋を開けてみると、関係者は誰ひとりとしてミャンマーに行ったことがなかったんですけどね。

毎熊:怪しすぎる……。

藤元:予算もないし、機材もない。完全にゼロの状態から、ミャンマーで映画を撮ろうというんです。「バンド組もう!」みたいなノリですよ。そうして生まれたのが『僕の帰る場所』なんです。

毎熊:なぜミャンマーなのか、いろいろと想像していました。何か特別な縁があるのかと思っていたのですが、ある意味すごくドラマチックに、映画作家・藤元明緒が誕生したんですね。

藤元:めぐり合わせですよね。僕の強い意志というよりも、人生の中で偶発的に起きたこと、というか。でもいざ映画づくりがはじまって、ミャンマーとの深い特別な縁ができたのは事実です。それまでは映画として捉えようとしていた対象が、どんどん自分ごとになっていきました。Facebookで怪しい募集を行っていたプロデューサーとはずっと一緒に映画づくりをしていますし、僕は出会いに恵まれています。

──長編2作目の『海辺の彼女たち』は外国人技能実習生として日本にやってきたベトナム人女性たちの物語を描いていますが、今作ではロヒンギャ難民に焦点を当てていますよね。藤元さん自身とミャンマーとの関わりが、『LOST LAND/ロストランド』につながっていったんでしょうか?

©2025 E.x.N K.K.

藤元:『僕の帰る場所』のときから、ロヒンギャ難民のことは頭にありました。でも、あの人々のことを描くと、絶対に検閲で通りません。ミャンマーではタブー視されていたりもするんです。僕はミャンマーで暮らしていた時期もあるのですが、ロヒンギャの人たちが迫害されている実態があるのを身近に感じていながら、誰も声を上げないという異様な環境下で日々を過ごしていました。やがて東京に拠点を戻し、コロナ禍がやってきて、2021年の2月にミャンマーでは軍事クーデターが起きました。

毎熊:ええ。

藤元:そこで僕は支援活動を行うわけですが、ふと気がつきました。いまこうして自分はミャンマーの人たちのために声を上げているのに、なぜミャンマーで暮らしていたとき、ロヒンギャ迫害に対して声を上げられなかったのか。ここで生まれた自責の念が、しだいに大きくなっていきました。やがて長編3作目として何を撮ろうかとなったとき、ロヒンギャの人々が立ち向かっている現実を描こうと思ったんです。

毎熊:そういういきさつがあったんですね。ちなみに、藤元さんは社会的な問題をフィクションの力で描いていますが、2本目まで撮った時点で、次はまったく別の路線で行こうという話は出なかったんですか?

藤元:出てきました。日本の大きな制作会社と組んで、日本の俳優と一緒に、日本の観客向けの映画をつくる案です。もともとはエンタメが好きなので、僕自身、そういった企画にもすごく興味がありました。いつかはやってみたい。でも、自分の本当にやるべきことを無視してまで、新しいことに挑戦していいものか。そう考えたとき、ロヒンギャ難民の実態を描かないわけにはいきませんでした。ここでやらなかったら、もう戻れない。そう思ったんです。

毎熊:そうしてロヒンギャの人々にカメラを向けることになったと。でもこれはドキュメンタリーではなく、劇映画(=フィクション)です。

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藤元:そうですね。僕は基本的に、物語を描きたいんですよ。脚本をベースにつくり上げた世界観の中に、どうやってリアリティを生み出すことができるか。ドキュメンタリー的な振る舞いの中に、どのようにして真実を見出せるか。僕の関心はここなんです。

毎熊:どのシーンも、演技に見えないんですよね。たまたま目の前で起きたことを捉えただけのようにしか思えない瞬間だらけです。脚本にはセリフも書いてあるんですか?

藤元:最初から最後まで書いてあります。でも、書いてあることは現場では忘れてもらおうと思っていました。それよりも、現場で起こる予期せぬ出来事や、子供たちから生まれる身体的な反応をカメラに収めたい。現場でカメラを回したテイクはすべて「オッケーテイク」にして、編集で使える素材をとにかく撮り溜めました。この姉弟が伝えようとしているものを、僕らは丁寧に受け取るだけだったんです。

藤元明緒
ふじもとあきお|監督
1988年、大阪府生まれ。ビジュアルアーツ専門学校大阪で映画制作を学ぶ。在日ミャンマー人家族を描く初長編『僕の帰る場所』(2018年)が第30回東京国際映画祭アジアの未来部門 作品賞&国際交流基金アジアセンター特別賞を受賞。2021年、ベトナム人技能実習生を描く長編第二作『海辺の彼女たち(日本ベトナム国際共同製作)』を公開。同作品はPFF第3回「大島渚賞」、2021年度「新藤兼人賞」金賞、第13回TAMA映画賞最優秀新進監督賞、第31回日本映画批評家大賞・新人監督賞などを受賞。主にミャンマーなどアジアを舞台に合作映画を制作し続けている。

毎熊克哉
まいぐまかつや|俳優
1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の主演映画『ケンとカズ』で毎日映画コンクール、スポニチグランプリ新人賞など数多くの映画賞を受賞。主な映画出演作に『サイレント・トーキョー』(20/波多野貴文監督)、『猫は逃げた』(21/今泉力哉監督)、『冬薔薇』(22/阪本順治監督)、『世界の終わりから』(23/紀里谷和明監督)、『初級演技レッスン』(24/串田壮史監督)、『悪い夏』(25/城定秀夫監督)、『「桐島です」』(25/高橋伴明監督)、『安楽死特区』(26/高橋伴明監督)など。8月『見えない娘』(竹林亮監督)の公開が控えている。

『LOST LAND/ロストランド』
4月24日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、kino cinéma 新宿、ポレポレ東中野ほか全国ロードショー

脚本・監督・編集:藤元明緒
予告編ナレーション:河合優実
出演:ムハマド・ショフィック・リア・フッディン、ソミーラ・リア・フッディン 他
撮影監督:北川喜雄/音響:弥栄裕樹/カラリスト:ヨヴ・ムーア/音楽:エルンスト・ライジハー/助監督:川添ビイラル/撮影助手:吉田寛/水中撮影:河瀬経樹/DIT:香月綾
エグゼクティブプロデューサー:國實瑞惠、安川正吾/プロデューサー:渡邉一孝/共同プロデューサー:スジャウディン・カリムディン/コンサルティング・プロデューサー:エリック・ニアリ/宣伝プロデューサー:伊藤敦子
企画・制作:E.x.N/製作:E.x.N、鈍牛倶楽部、キネマトワーズ/共同製作:PANORAMAFilms、Elom Initiatives、Cinemata、Scarlet Visions
特別協力:シネリック・クリエイティブ/配給:キノフィルムズ/宣伝:ミラクルヴォイス
©2025 E.x.N K.K.

撮影:西村 満
取材・文:折田 侑駿

毎熊克哉 俳優

1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の主演映画『ケンとカズ』で第71回毎日映画コンクール、スポニチグランプリ新人賞など数多くの映画賞を受賞。以降、テレビ、映画、舞台と幅広く活躍。主な映画出演作に『孤狼の血 LEVEL2』『マイ・ダディ』(21)、『猫は逃げた』『冬薔薇』(22)、『世界の終わりから』(23)、『初級演技レッスン』『悪い夏』『「桐島です」』(25)等。公開待機作に『安楽死特区』『時には懺悔を』が控えている。

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