『猫は逃げた』今泉力哉監督 ✕ 毎熊克哉 特別対談 2022.3.7

『街の上で』の今泉力哉監督と『アルプススタンドのはしの方』の城定秀夫監督が、お互いに脚本を提供し合い、R15+のラブストーリーをそれぞれ制作するコラボ企画「L/R15」。一匹の猫を中心に、四人の男女の思惑が交錯するさまを描いた『猫は逃げた』で初タッグを組んだ今泉監督と主演の毎熊克哉に、現場での互いの印象や作品の裏側について語ってもらった。
毎熊さんとはいつかご一緒したいと思っていた。とても信頼できる方。──今泉力哉
今泉さんの演出は細かい。独特な優しさというか、気遣いがある。──毎熊克哉
初めて一緒に映画作りに取り組んだ感触
今泉:毎熊さんのことは『ケンとカズ』で知って、当時の上映の際にご挨拶していました。それからいろんな作品で観てきて、いつかご一緒したいと思っていたんです。
特にこの“L/R15”の企画でタッグを組んでいる城定さんの作品に出演されているのも観ていましたし、“広重役はぜひ毎熊さんにお願いしたい”とプロデューサー陣に話していました。実際に一緒に取り組んでみて思ったのは、とても信頼できる方だということ。亜子役の山本奈衣瑠さんはお芝居の経験が少ないはずですが、相手が毎熊さんだったからか、すごくやりやすそうでした。二人で物語の中心に立ってくださいました。
©2021『猫は逃げた』フィルムパートナーズ
毎熊:面識はありましたので、今泉さんの佇まいでしたり、お話しする感じから、もちろん作られた映画からもそうですが、優しいイメージは持っていました。実際にご一緒させていただいた印象は、そんなに変わっていませんね。
ただ、「あっ、監督だ」とは思いました。(笑) それまでは撮影現場ではないところでしか話したことがなかったので、初めて現場でお会いして、やっぱり頼りがいがあり、凛々しかったです。俳優部と接するときの今泉さんと、スタッフさんと接しているときの今泉さんはまた違うとも思いました。ご自身のこだわりを的確に伝えるために、毅然としています。それと、現場での今泉さんは、思ったより明るかったですね。(笑)
今泉監督ならではの演出術
毎熊:今泉さんの演出はとても細かいと思いました。本作は“猫の映画”でもあります。僕が演じた広重は猫を拾うシーンで煙草を吸っているのですが、最初はくわえ煙草の状態で猫に触れにいく芝居をしたんです。それに対して今泉さんが、“生き物を前にして、煙草の煙は気になるなあ”と仰って、今泉さんらしいなと。独特な優しさ、気遣いといいますか。たしかに煙草をどうするかは僕自身も気になっていたのですが、猫に煙を与えないように配慮するというのは頭の中になかった。広重のキャラクター性にも関わってきますし、どっちでもいいと言えばいいけれど、でもどっちでもよくない。こういうところをすごく大切にされている監督です。
©2021『猫は逃げた』フィルムパートナーズ
今泉:毎熊さんにかぎらず、あまり役者さんの演技に細かい指示をすることはないですね。役者さんが持ってきてくれたものが自分の思っていたものとズレていても、キャラクターとして成立することが多分にあります。正解は一つではないというのが基本的なスタンス。でもやっぱり、この“猫と煙草”のことや、それから、手島実優さん演じる真実子が具合が悪くなって吐いちゃうのに対する接し方など、このあたりは細かく話していますね。キャラクターをどう掴んでいくかというところなので、印象に残っていますし覚えています。ああいったシーンでの間合いや言葉の発し方に、キャラクターが表れると思うんです。
「L/R15」の二作を通して、二人が得たもの
毎熊:一人の俳優として、この企画は貴重な経験になりました。城定さんとは『愛なのに』以前にもご一緒させていただいているので、『猫は逃げた』の脚本を読むと、やっぱり城定さんの脚本なんですよ。でも完成したものは、完全に自分の知っている今泉さんの映画に仕上がっている。初めての体験でした。城定さんではない別の誰かが書いた脚本を今泉さんが監督するのともまた違います。城定さんの作品世界に深く触れたことがあるからこそできた体験かなと。今回は二人の男と交わることができました。(笑)
©2021『猫は逃げた』フィルムパートナーズ
今泉:自分が書いたものを他の誰かに撮ってもらうという経験が初めてだったので、この企画にはたくさんの発見がありました。それに城定さんの作品はずっと追いかけてきたので、自分の書いた脚本を尊敬する監督が演出したらどうなるのかということに、すごく興味があったんです。結果、ただ登場人物たちが会話をしているだけのシーンでも、城定さんが撮るとこんなにも躍動的になるのかと、大きな感動がありました。自分の方法論じゃない演出の仕方があって、それによってこんなにも面白くなるのだという事実があることを知れたのは、勉強にもなりましたね。そして、自分が書いた『愛なのに』は本当に面白く観ましたし、城定さんが書いた『猫は逃げた』を監督して、“城定さんっぽさがある”と言われたのが嬉しかった。自分が書いたものだと、あの謎の多幸感で終わることはできないはずなので。(笑)
大きな見せ場であるクライマックスの長回し
今泉:城定さんとはお互いに、それぞれ受け取った脚本を撮影に向けて改稿していました。特にクライマックスの4人での会話劇のシーンは、僕が撮影までに1.5倍くらいの量にまで膨らませています。あのシーンはいただいた脚本以上に、もう少し尺が欲しいと思って足しました。城定作品のテイストを、自分が監督するにあたって少し手直ししたかたちです。例えば、登場人物の誰かが笑うと書いてあっても、笑わない方が面白いだろうな、とか。長回しのシーンも脚本からはみ出すようなアドリブはありません。ああいうシーンほどきちっと書いて、脚本通りに進めるのがベストだと思っています。もちろん、芝居のトーンや、役者さんが作る空気感は、脚本から溢れてこそ面白いものがあります。ただ、勝手なセリフが出始めちゃうと、意外と壊れていく。なので、セリフや間合いは脚本通りです。
©2021『猫は逃げた』フィルムパートナーズ
毎熊:あのシーンでの僕はほとんど喋っていませんが、“喋らない”というのも一つの存在の仕方ですよね。あのシーンは、一緒にいたらマズい4人が同じ空間にいるので、人と人との距離感によって生まれる展開が変わってくるはずなんです。最終的にはチラシにも載っているあのような並びになりましたが、人物の配置をはじめ、いろいろと試行錯誤しましたよね。広重と亜子は夫婦だし、自分たちの家なんだから二人が近くに座ればいいのかというと、そうではない。位置を変えるだけであらゆることが変わってくる。近いと近いで、また揉め事が起こるんです。(笑) 物理的な問題や、リアリティとフィクションの問題を意識しつつ、事前にかなり考えて緻密に作られたシーンになっていると思いますね。
今泉力哉
いまいずみりきや|映画監督
1981年生まれ。福島県出身。2010年『たまの映画』で商業監督デビュー。2013年『こっぴどい猫』でトランシルヴァニア国際映画祭最優秀監督賞受賞。2019年『愛がなんだ』が公開され大ヒットを記録。近年の主な作品に『あの頃。』、『街の上で』、『かそけきサンカヨウ』などがある。「L/R15」企画『愛なのに』では脚本を担当。
毎熊克哉
まいくまかつや|俳優
1987年3月28日生まれ。広島県出身。2016年、主演映画『ケンとカズ』で毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、高崎映画祭にて最優秀新進男優賞、他多数受賞。近年の主な出演作品に、映画『AI崩壊』、『生きちゃった』、『サイレント・トーキョー』、『孤狼の血 LEVEL2』、『マイ・ダディ』、ドラマ「半径5メートル」などがある。
©2021『猫は逃げた』フィルムパートナーズ
『猫は逃げた』
監督 / 今泉力哉
脚本 / 城定秀夫
出演 / 山本奈衣瑠、毎熊克哉、手島実優、井之脇海
公開 / 3月18日(金)より新宿武蔵野館 他
©2021『猫は逃げた』フィルムパートナーズ
撮影 / 角戸菜摘
取材・文 / 折田侑駿