体調が悪い時はホラーを観ると元気になる!?『CLIMAX クライマックス』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第6回】 2022.3.8

これは私あるあるなのだが、体調が悪い時はホラーを観ると元気になる。中学時代、インフルエンザになり学校を休んだ私は、母に頼んでTSUTAYAで呪いのビデオシリーズを借りてきてもらった。勉強に疲れた高校時代はパラノーマルアクティビティを一気見。爆笑しながら模試への不安を解消していた。
なぜ唐突にこんなことを言い出すのかというと、コロナに罹ったのだ。幸い重症化はせずに済んだのだが、いくつかのお仕事に響いてしまった。見えない敵を睨めもしないが、気を付けていただけに悔しい。家から出なくてもおなかは鳴る。どうしても何かしたくなり、今か今かと待ち構えていた積読たちの相手をしたり、水回りの掃除をしたり、ジャケ買いしていたレコードをかけたりとなんやかんやで忙しい。気力があるときは動いた方が心が晴れる。工夫次第で感染籠城も楽しくなるのだ。
さて、映画でも見ちゃおうかな、という時に立ちはだかる問題がある。映画というのは観るときのコンディション、タイミングに左右されることは言わずもがなだろう。劇場の暗闇に包まれて観られるのならまだしも、見慣れた自堕落小屋の中で集中するためには、内なる私と対話をし、脳内審議にかけてまさに今コレだという作品を決める必要がある。
しかし今日の私は迷う必要はない。病の毒は、毒で制すのです。かといってコワさにも種類がある。じっとりと想像させるJホラー、んなアホなの連続のアメリカンホラー、結局は人間が一番恐ろしいサイコスリラー…。のちに風呂場で思い出して後悔することなどキレイに忘れて処方箋を選ぶ。
この手強いウイルスに立ち向かう映画が選ばれた。ギャスパー・ノエ監督の『CLIMAX クライマックス』、97分間の悪夢(バッドトリップ)だ。
©2018 RECTANGLE PRODUCTIONS-WILD BUNCH-LES CINEMAS DE LA ZONE-ESKWAD-KNM-ARTE FRANCE CINEMA-ARTEMIS PRODUCTIONS
雪山の廃墟に集められたダンサー22人が、アメリカ公演の最終リハーサルをしている。そのままパーティーを始めた彼らは、一体誰が仕込んだのか、LSD入りのサングリアを飲んでしまう。恍惚し、勘繰り、醜態を晒しながら徐々に狂っていく彼らを、実際にその場を意識おぼろにさ迷っているような臨場感で味わえる。脳に鳴り響くテクノ音楽、地獄へ突き落してくれる照明効果を通せば、私たちは嫌でも五感で体験せざるを得ないのだ。カンヌ映画祭の上映では途中退室する人も多かったという。
13分に渡る長回しのダンスシーンが圧巻だ。主演のソフィア・ブテラ以外は実際のプロダンサー達で演技経験は無いという。けれど、言葉のいらないユニゾンを備える彼らにとってそれは関係のないことかもしれない。自尊心の光る佇まいで、身体表現で自己紹介をしながら互いに溶け合うようにそれぞれの武器を披露する。JAZZにVOGUE、KRUMP、WAACKING…見慣れないダンスに出会えるのも魅惑的だ。因みに私はびっくりするほど踊れないので、心底うらやましい。彼らが全身で語る地獄絵図に、体中の細胞が振動して麻痺していく。これはウイルスにも効きそうだと、根拠のない期待にずっと私はにやけながら怯えていた。
ある意味で教科書より頭に叩き込まれる「ダメ。ゼッタイ。」映画であるが、1996年に実際に起こった事件にインスパイアされているという。ドラッグでなくてもアルコールや集団内での疑心暗鬼によってその場所は、天国にも地獄にも簡単に変容する。きっかけさえあれば全てを壊してしまうこと、物を作りあげるよりも壊してしまうことの方がずっと簡単だ、というノエ監督のメッセージを受け取る。ニンゲンコワイ…。
しかしながら、思わず見入ってしまうショータイム、選び抜かれたミュージックリスト、格好良すぎるショットの連続は、クラブ文化への愛、音楽の中で踊る喜びがたんまりと感じられる。もう二度と出られないのかと覚悟を決めて絶望しきった鑑賞後は、精神を消耗し尽くしたのだろうか、むしろ元気が出た気さえしてくる。オススメできるかは個人差があるが、機会があれば、非日常下での脱現実旅行を試してみてほしい。
©2018 RECTANGLE PRODUCTIONS-WILD BUNCH-LES CINEMAS DE LA ZONE-ESKWAD-KNM-ARTE FRANCE CINEMA-ARTEMIS PRODUCTIONS
『CLIMAX クライマックス』
DVD&Blu-ray好評発売中
¥5,280(税込)
発売元:キノフィルムズ/木下グループ
販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
© 2018 RECTANGLE PRODUCTIONS-WILD BUNCH-LES CINEMAS DE LA ZONE-ESKWAD-KNM-ARTE FRANCE CINEMA-ARTEMIS PRODUCTIONS
イラスト / 根矢涼香
撮影 / 角戸菜摘
スタイリスト / 山川恵未
ヘアメイク / 染川敬子(TOKYO LOGIC)
編集 / 永井勇成
衣装 / ブラウス¥5,850 / Wild Lily、スニーカー¥6,490 / mite〈問い合わせ先〉Wild Lily 03-3461-4887 / mite 090-9459-0310

1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。