森崎ウィン「僕たちはもっと自由でいい」 『おしょりん』で演じた役との重なり 2023.11.8

北乃きいを主演に迎え、児玉宜久監督がメガホンを取った映画『おしょりん』。作家・藤岡陽子による同名小説を原作に、日本のメガネ産業の起源を描いた作品だ。明治時代の福井を舞台に奔走する増永家の次男・幸八を演じた森崎ウィンは、自身とこの役との重なりを感じ、幸八の真っ直ぐに突き進んでいく姿にパワーをもらったのだという。そんな彼に撮影時の思い出を振り返ってもらった。
「僕のいるこの世界との重なりを感じました」
──本作への参加の経緯と、出演が決まったときの心境を教えてください。
森崎「メガネ産業の礎を築いた増永家の次男・幸八役のオファーをいただいて、すぐに脚本を読ませていただいたんです。そこには“ゼロ”から“イチ”を生み出していく人々の、モノ作りに対する真っ直ぐで情熱的な姿が描かれていて、僕としては純粋に彼らからパワーをもらいました。まだ誰もやっていないことに取り組むのって、すごく勇気がいることですよね。臆しちゃうというか、ときには恐怖を感じることすらあると思います。でもこの作品に登場する人々は、自分たちの信念を貫いてチームで突き進み、新たな歴史を作っていく。これはどの業界にも通ずることだと思いますが、とくに僕のいるこの世界との重なりを感じました。ぜひとも参加させていただきたいと思いましたね」
──史実を基にした作品ですが、劇映画としてのドラマチックな展開が用意されています。このあたりにはどのような印象を抱きましたか?
森崎「この物語が伝えようとしているメッセージは明確でした。ただ、きいちゃん(北乃きい)が演じるむめと幸八の恋愛要素に関して、“これは本当に必要なのかな?”と最初は思ったんですよ。でも読み込んでいくうちに、この要素を入れることが劇映画らしいなとも思うようになりました。これはドキュメンタリーではありませんからね。史実を基にした小説を、僕たちが劇映画として作り上げる意味もここにあるなと。脚本が改稿されていくうちに、人間ドラマとして見えてくるものがありました。劇映画の面白さは、余白を残すことによって観客のみなさんの想像力を刺激するところにあると思っています」
──むめが主人公の物語ですが、やはり映画としてはメガネ作りに情熱を注ぐ男性たちにフォーカスしたものになっていますよね。でも、彼女がただ職人たちを支える役割を担うのではなく、主体的なキャラクターだというのが良かったです。
森崎「それはいまのこの時代が大きく影響していると思います。僕としてはもっともっと、女性が主人公の映画が増えるべきだと考えています。むめさんが職人たちの心を変えていくように、現実でも真のリーダー的な存在として彼女のような人がいたりするわけです。本作の主軸はそこにありますよね」
──幸八というキャラクターにはどんな印象を抱きましたか?
森崎「彼は本当に真っ直ぐな人で、とにかく行動力がすごい。あの当時の移動って、いまの僕らには想像できないくらい大変ですよね。それでも幸八はすぐに動いて、自分の信念を持って前に進んでいきます。その過程にはさまざまな困難があるはずですが、それでも彼は突き進んでいく。ここに僕自身との重なりを感じましたし、僕のパーソナルな部分に目を向けて幸八役にキャスティングしていただいたのだと感じていたので、演じるうえではあえて計算せず、彼の言動をストレートに表現していければと思いました。とくに物語の序盤から中盤にかけて、幸八は全速力で走らなければなりません。僕が前半で勢いをつけて、そこに座組のみんなを乗せなければならない構造になっているんです。まるでガソリンのような役どころです」
──実際に演じてみていかがでしたか?
森崎「僕と幸八は似ているところがあると思ったので、あとはとにかく彼のピュアさをどう体現していくかでした。でもピュアさって、やはり計算して生み出すものではありません。なので意識したことは目です。どこかに視線を向けるときには、見据えるように力強く見る。目で伝えていこうと。演技に関しては、兄・五左衛門役の小泉孝太郎さんとのやり取りが印象に残っています。物語は幸八が兄にメガネ作りをプレゼンするところから本格的にはじまります。孝太郎さんが五左衛門の持つ独特の硬さを体現してくださっていたので、こちらも自然と全力でぶつかることができました。ただそこに座っているだけで、“この人は何を言っても分かってくれないだろうな……”という印象を受けるんですよ(笑)。実際にセリフをぶつけても空振っているような気持ちになってきて、五左衛門の役が孝太郎さんだったからこそ、僕と幸八の心情が重なりました。演じるうえでそれ以外に大切にしたことは、ほかの現場と同じように監督の意図を汲むことです。物語を描くうえで必要な画というものがありますからね」
「何事にもルールはない」
──主演の北乃きいさんや、メガネ職人を演じるみなさんとの共演はいかがでしたか?
森崎「きいちゃんと一緒のシーンはそこまで多くなかったのですが、ちょっとやり取りをしただけで、“この人とは気が合うな”と思いました。彼女とはなんだかすごく波長が合うんですよ。いち俳優として、彼女はとても信頼のできる人です。他者の芝居を受ける懐が深いんだと思います。職人役のみなさんとの共演に関しては、これまた一緒のシーンが多いわけではありません。基本的に幸八はあちこち走り回っていて、みんなの輪から外れている。このあたりも僕と幸八の似ているところだと思いました。幸八はみんなの苦労を知り、さらに突っ走る。職人チームのみなさんの現場での姿が、僕にとっても大きな刺激になりました。あとはやはり、ロケ地である福井の方々の存在も大きいですね。撮影の際には本当に温かく迎えてくださいました。地元の方々と一緒に映画作りをしている感覚が強くありましたね」
──本作で森崎さんははじめてエンディング曲を担当されていますよね。俳優業とは違う立場での映画との関わり方はどうでしたか?
森崎「ただ映画のエンディング曲を担当するのではなく、僕自身が深く関わった作品のエンディング曲を任せていただけるということで、とても光栄でしたし貴重な経験になりました。とはいえ、あまり主張はせず、作品の余韻に浸れるようなものを目指しました。エンディング曲なので、本編のBGMがそのまま続いているような。そんなふうにさらっとしていながら、幸八たちのように未来に視線を向けられるものにしたい思いがありました。そうして話し合いを重ね、『Dear』は誕生したんです。レコーディングのときも工夫して、普段よりもキーを下げて歌っています。この楽曲によって、観客のみなさんが映画の余韻に浸ることができたら嬉しいですね」
──『おしょりん』という作品を経て、森崎さんが得たものは何でしょうか?
森崎「何事にもルールはないのだという気づきです。もちろん、社会に参加する人間として守らなければならない道徳的なルールはあります。ただ、何かに取り組むにあたって、僕たちはもっと自由でいいのだと思いました。何か新しいことをはじめるのは怖いことでもある。だけど、やっぱりやったもん勝ちだと思うんです。“これだ!”と思うものを見つけたら、信念を持って突き進むべき。脚本を読んだだけでもこの作品からパワーをもらっていましたが、俳優の一人として映画作りに参加してみて、よりそう思っていますね。ときと場合によって、何が何でも守らなければならないものがあります。幸八たちにとっては、増永家です。でも彼らは困難な道の先に光を見出して、飛び込んでいった。ときにはリスクを背負ってでも飛び込んでいかなければ絶対に生まれないものがあると思うんです」
『おしょりん』
監督:児玉宜久
脚本:関えり香、児玉宜久
出演 / 北乃きい、森崎ウィン、駿河太郎、高橋愛、秋田汐梨、磯野貴理子、津田寛治、榎木孝明、東てる美、佐野史郎、かたせ梨乃、小泉孝太郎
公開 / 角川シネマ有楽町ほか公開中
©「おしょりん」制作委員会
明治37年、福井県足羽郡麻生津村の庄屋の長男である増永五左衛門(小泉孝太郎)の妻・むめ(北乃きい)は、育児と家事に追われる日々を過ごしていた。ある日、大阪で働いていた五左衛門の弟・幸八(森崎ウィン)が帰郷し、村をあげてメガネ作りに取り組まないかと提案する。初めは反対していた五左衛門も、視力の弱い子どもがメガネをかけて喜ぶ姿を見て挑戦を決め、村の人々を集めて工場を立ちあげるが……。
森崎ウィン
もりさきうぃん|俳優、アーティスト
1990年8月20日、ミャンマー⽣まれ。2018年公開のスティーブン・スピルバーグ監督作『レディ・プレイヤー1』で主要キャストに抜擢され、ハリウッドデビュー。映画『蜜蜂と遠雷』では第43回日本アカデミー賞の新人俳優賞を受賞。主演を務めた連続ドラマ「本気のしるし」(メ〜テレ)が釜山国際映画祭2021のASIA CONTENTS AWARDSにてBest Newcomer-Actor賞を受賞したほか、同作を再編集した『本気のしるし〈劇場版〉』が第73回カンヌ国際映画祭「Official Selection 2020」に選出されている。2023年のNHK大河ドラマ『どうする家康』では二代将軍の徳川秀忠を演じる。
撮影 / 池村隆司 取材・文 / 折田侑駿 スタイリスト / AKIYOSHI MORITA ヘアメイク / 宇田川恵司(heliotrope)