上野樹里「みんながもっと自分の心に正直に生きられたら」 『隣人X -疑惑の彼女-』インタビュー

テラスマガジン編集部

第14回小説現代長編新人賞を受賞したパリュスあや子の小説を、熊澤尚人監督が新たな視点を盛り込み映画化した『隣人X -疑惑の彼女-』。故郷を追われた“惑星難民X”を受け入れる日本を舞台に、“よそ者”に対する人々の警戒心や偏見、恐怖、そしてそれらを乗り越えた先にある心と心の結びつきを描いた作品だ。熊澤監督と17年ぶりにタッグを組んだ上野樹里に、本作に託した想いを語ってもらった。

「目には見えないものにこそ真実がある」

──本作への出演のオファーが来たときの心境を教えてください。

上野「これまで私は俳優として、30代以降は自分が心からやりたいこと、やるべきだと思ったことをやってきました。本作は私が二十歳の頃にお世話になった熊澤監督の作品。初めてご一緒したあの頃からすると、私も熊澤さんもそれぞれに多くのものを見て触れてきましたし、十数年の時を経て、物事に対する考え方も変化しました。このタイミングでまたご一緒したいと純粋に思いましたし、熊澤さんが“主人公の柏木良子は上野さんにお願いしたい”とおっしゃっていることに対して、どうしてそう思ったのか気になったんです。脚本を読んでみて、たくさんお話をして、出演を決意しましたね」

──脚本に対してはどのような印象を抱きましたか?

上野「本作に登場する“惑星難民X”は人間の姿をしています。つまり、いま隣にいる人や、身近な誰かがXかもしれない。“誰がXなのか?”という物語がミステリーとして展開していきますが、でもけっきょくのところ誰がXなのかは重要ではありません。それよりも、私たち一人ひとりがどのように日々を生きているのかが大切です。目には見えないものにこそ真実があるのだというメッセージを受け取りました。本作は記者である笹憲太郎(林遣都)の視点をとおして物語が綴られていて、彼は良子をXだと疑って近づきます。でも良子からすれば笹のほうがXなんですよね。彼女は彼のバックグラウンドを知りませんから。なのでいろんな視点から物語やテーマを捉えられる作品だと思います。原作ありきではありますが、映画は映画として許される範囲の中でディテールや結末を変えています。原作ファンの方も未読の方も、フラットに楽しめるのではないでしょうか」

──柏木良子というキャラクターにはどんな印象を抱きましたか?

上野「初めの脚本の段階ではミステリアスで、彼女の言動って掴みどころのない、どこか記号的なものを感じていました。それはやはり笹の視点のほうが強いからです。でも監督と話し合っていく中で、良子は柔和なキャラクターであることが分かってきました。彼女は日々を丁寧に生きていて、どこをどう切り取っても普通の人間にしか思えない。特別な個性があるわけではありませんし、社会規範からはみ出しているわけでもありません。ある種の強さがあるとも言えるし、マイノリティな女性でもある。良子は国立大学を卒業していながら、社会的には立場の弱い道を歩んでいるんです。こういった彼女の背景の情報から、良子とはいったいどんな人物であるのかを読み解いていきました」

──実際に演じるにあたって、どのように役を掴んでいったのでしょうか?

上野「良子と対話をしてみて掴めたものが大きいですね。彼女と笹の関係は恋愛に発展しますが、記者として、そして一人の人間として不安定な立場を強いられている笹は、良子に対して居心地の良さを感じたのだと思います。だって彼女には、世の中が大きく変化したり、情報に踊らされて右往左往するようなところがありませんから。ブレることなく日々を過ごしていますし、いくら小さくても、彼女は自分のスタイルというものを築いている。自分だけの世界を持っている。これが彼女の魅力であり、演じるうえでの手がかりになりました」

──良子を演じてみて、熊澤監督からオファーをされた理由は分かりましたか?

上野「『ビューティー・インサイド』(2015年)という韓国の映画に出演しているのですが、このときの私の演技というか、役どころに興味を持ってくださったらしいんです。男女のラブストーリーなのですが、ヒロイン(ハン・ヒョジュ)の恋する男性が、毎朝目覚めるたびに何もかも変わってしまうんですよ。見た目も年齢も性別も。私もそのうちの一人を演じました。つまり、中身は男性だけど、日本人女性が日本語を話しているわけです。これは良子と笹の関係にも通ずるものがありますよね。笹は良子をXだと疑って近づきますから。でも彼はしだいに良子の温かさに惹かれていきます。なので、笹の良子に対するXというフィルターがどこかに飛んでいくぐらい、地に足のついたリアルな女性像を立ち上げなければならないと思いました。そんなことを考えていると、最初はぼんやりしていた良子の輪郭もはっきりしてきて。私自身の私物を良子の衣装として使っていたりもします。そういったものの写真を私からの提案として熊澤さんに送った際に肯定的な意見が返ってくると、同じ良子像を描けているのだと実感することができました」

「みんながもっと自分の心に正直に生きられたら」

──笹憲太郎役の林遣都さんとの初共演はいかがでしたか?

上野「遣都くんの役どころはすごく複雑です。記者として良子に接近するものの、やがて罪悪感に苛まれることになりますし、彼には彼の守らなければならない家族の存在もありますから。つねに板挟み状態なんですよ。どこにも逃げ場がなくて、嫌なことでもとにかくこなしていかなければならない。そんな苦悩の中で生きている人。良子とは対照的で、大きなストレスを感じながら生きている人だと思います。これを演じるのはすごく大変なはずで、実際に遣都くんも“脳が痛い”と言っていました。演じることに真摯で情熱的な遣都くんは、とても優れた身体表現ができる方です。たとえば身体が痺れた演技をする際、本当に電気のようなものが流れているように見えるんですよ。リハーサルの段階で非常に高いレベルのお芝居をされるので頼もしかったですね。熊澤さんは彼のことを、“俳優としては怪物”だと言っていました」

──良子が口にする「心で見ることが大切」という言葉が強く印象に残ります。上野さんご自身はこの言葉をどのように捉えましたか?

上野「考えることも大切ですが、感じることも大切だと思っています。私たちは先人たちが築き上げた文化の中で生活をしていて、生きていくための知恵のようなものを現代人の誰もが受け継いでいます。そしてそれらの多くはこれからも変わらない。人間の感覚の部分もそうで、“感じる”ということをしなくなったら、それは機械と同じだと思うんです。何かを選択する際、理由も証拠もないけれど、個々の感覚こそが重要な瞬間って多々ありますよね。一人ひとりが思うままに自分の人生を生きるためには、自分で自分のことを信じられる感覚を持つことが大切なのではないでしょうか。つまりこれが“心で見ること”であり、良子の生き方なんです」

──それはまさに、本作の主題の一つでもありますよね。

上野「現代を生きる多くの方が、自分の心と体をあまり大事にするのが難しい印象があります。みんな忙しくて、みんな何かを我慢しながら今日という日を生き抜いている。どうにか自分を納得させて、日々をやり過ごしている人も少なくないと思います。でも本当は、いま何を思っていて、どんなことを感じているのかが大切。一人ひとりが立ち止まってみて、世の中に生じる違和感に対して敏感に反応できれば、社会は変わっていくと思います。良子は自分の無力さを理解していながらも、スケールは小さいかもしれませんが、それでも良子なりに、自分の人生には敏感に生きています。みんながもっと自分の心に正直に生きられたらいいですよね」

『隣人X -疑惑の彼女-』
監督・脚本・編集 / 熊澤尚人
出演 / 上野樹里、林遣都、黃姵嘉、野村周平、川瀬陽太、嶋田久作、原日出子、 バカリズム、酒向芳
公開 / 新宿ピカデリー ほかにて公開中
©2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 ©パリュスあや子/講談社

故郷を紛争で追われた惑星難民Xの受け入れを発表したアメリカに追従し、日本も受け入れを決定する。人間の姿に擬態化できる能力を持つ謎の存在Xへの不安と恐怖が人々の間で広がる中、週刊誌記者の笹憲太郎(林遣都)は、スクープのため正体を隠してX疑惑のある柏木良子(上野樹里)へ近づく。ふたりは少しずつ距離を縮めていき、やがて笹の中に本当の恋心が芽生えていくが、良子が“X”かもしれないという疑いを払拭できずにいた。良子への想いと本音を打ち明けられない罪悪感、記者としての矜持に引き裂かれる笹が最後に見つけた真実とは……。

上野樹里
うえのじゅり|俳優
1986年、兵庫県生まれ。2003年に『ジョゼと虎と魚たち』で映画デビュー。2004年に初主演作『スウィングガールズ』で第28回日本アカデミー賞新人俳優賞、第26回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。主な出演作に『のだめカンタービレ』シリーズ(フジテレビ系)、NHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』、映画『陽だまりの彼女』、映画『ビューティー・インサイド』、『監察医 朝顔』シリーズ(フジテレビ系)などがある。

撮影 / 西村満 取材・文 / 折田侑駿 スタイリスト / 古田千晶 ヘア / SHOTARO(SENSE OF HUMOUR) メイク / SADA ITO for NARS Cosmetics(SENSE OF HUMOUR)
衣装 / リング:ハルミ ショールーム(オー)

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