ゼロから一緒に走り出した女優たちとの青春の記憶ーNetflixシリーズ『極悪女王』【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第34回】

根矢涼香

 次々に響く「お願いします」という声。女子プロレス団体Marvelousの船橋道場のリングを打ち付ける音。ブリッジ、三点倒立、回転運動。後ろ受け身に前受け身。ブレーンバスター、ドロップキック、凶器反則、ギブアップ。ジャーマンスープレックス、ロメロスペシャル……。数年前には全く馴染みがなかった言葉たちが、今じゃこんなにも愛おしい。

 白石和彌総監督によるNetflixシリーズ『極悪女王』世界配信がスタートしてから、3カ月が経とうとしている。オーディションを受けに行った2021年。トレーニングが始まった2022年。撮影を終えた2023年までの月日を、2024年に自宅のテレビ画面で観ている。ドラマと現実が交差して、あの日々が自分の青春の記憶として胸に焼き付いている。

 ドラマの舞台はバブル真っただ中の1980年代。男女の不平等や女性軽視が問題視されておらず、当たり前だった時代。そんな中、日本中を熱狂させたのは女子プロレスだった。心優しき一人の少女である松本香(ゆりやんレトリィバァ)が、ルール無用の極悪プロレスラー・ダンプ松本になっていく姿を描く。絶大な人気を誇った、長与千種(唐田えりか)とライオネス飛鳥(剛力彩芽)による「クラッシュ・ギャルズ」。25歳定年となる全女のプロレスラーとして、それぞれの葛藤を抱えながら肉体と心を燃やしてきた本庄ゆかり(えびちゃん)、大森ゆかり(隅田杏花)、ジャガー横田(水野絵梨奈)、デビル雅美(根矢涼香)、ラブリー米山(鎌滝恵利)、ジャンボ堀(安竜うらら)、中野恵子(堀桃子)。そこに生きた少女たちの知られざる物語が、全5話に濃密に描かれる様はまさに、“戦う宝塚”とも呼ばれた「ビューティ・ペア」の二人、ジャッキー佐藤(鴨志田媛夢)とマキ上田(芋生悠)が歌うとおりの“かけめぐる青春”だ。

 私が演じさせていただいたのは、女子プロレス界の伝説的なヒールレスラーであるデビル雅美選手だ。今回私達のプロレス指導に加え、スーパーバイザーを務めてくださった長与千種さんの師匠であったという。長与さんは私に、デビルさんのお人柄や試合の魅せ方の機微を、熱をもって教えてくださった。当時二人の間だけに流れていた大切なものを掬い取らせていただきながら、自分自身に映していくという贅沢な作業だった。福岡でデビルさんご本人にも引き合わせてくださったのも長与さんだ。お二人のツーショットに思わず泣きそうになる。僭越ながら自分がデビルさんを演じさせていただくこと、試合映像を観ているうちにすっかり虜になってしまったことをたどたどしくお伝えすると、「これはまた大変な役を……」と言って優しくはにかんでくださった。デビル雅美さんという1人の表現者の魅せる技術や美学に、役を通して触れることが出来たのは、自分にとって生涯の宝だとはっきり言える。

 スマホのアルバムを埋め尽くすのは、バス車内のうたた寝顔、食べ物を頬張る無垢な顔、自分の体重よりも重いダンベルを傍らに床にへばりつく顔、汗と血のりまみれで笑う顔。当時の試合映像にかじりつき、こんなすごいこと真似できないよ! と困惑しながらも、技が成功する度に互いに手を叩き合って喜んだ。悔しくて泣いて、嬉しくても泣いた。身体が万全じゃなく一緒に身体を動かせない時間の焦りやもどかしささえも、プロレスラーという特別な職業について向き合う大切な時間だった。何も知らないゼロの状態から一緒に走り出した女優たちはいつの間にか、一人ひとりの選手の顔になっていた。「明日撮影だよ」じゃなくて「試合なんだよね」と言って、自分がリングに上がる日ではなくても、役としてセコンドにつくこともあれば、現場に駆けつけてモニター越しに応援し合ったりしていた。決して独りではなかった。でも、それぞれが自分の役に、そしてこれまでの自分自身に、ひとりで立ち向かっていた。

 この記事で最終回となるこの連載は、奇しくも私が『極悪女王』のオーディションを受けた時から配信に至るまでの期間とぴったり重なっている。役と生活の間を行き来しながら、「作品」が与えてくれる勇気や希望について、俳優という仕事について、手を動かして向き合わせてくれる大切な34回だった。

 人生は、分からないから面白い。このドラマが、今を生きる少女たちの新しいヒロインの物語として届いていきますように。戦友たちの旅立ちを祝しながら、次の章をめくる準備をしよう。

根矢涼香
ねやりょうか|俳優、写真家
1994年9月5日生まれ、茨城県出身。Netflixシリーズ『極悪女王』デビル雅美役。私とビューティーペアの写真は唐田えりかさんが撮影。それ以外は私が現場で撮影していたフィルム写真たちだ。

Netflixシリーズ『極悪女王』
企画・プロデュース・脚本 / 鈴木おさむ
総監督 / 白石和彌
監督 / 白石和彌(1〜3話)、茂木克仁(4〜5話)
プロレススーパーバイザー / 長与千種
出演 / ゆりやんレトリィバァ、唐田えりか、剛力彩芽、えびちゃん(マリーマリー)、隅田杏花、水野絵梨奈、根矢涼香、鎌滝恵利、安竜うらら、堀桃子、戸部沙也花、鴨志田媛夢、芋生悠、仙道敦子、野中隆光、西本まりん、宮崎吐夢、美知枝、清野茂樹、赤ペン瀧川、音尾琢真、黒田大輔、斎藤工、村上淳
配信 / Netflixにて世界独占配信中

撮影・文 / 根矢涼香

根矢涼香 俳優

1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。

この連載の人気記事 すべて見る
今読まれてます RANKING