毎熊克哉×串田壮史監督 対談前編 - 『初級演技レッスン』で映画初タッグ 2025.2.21
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俳優・毎熊克哉による連載コーナー「毎熊克哉 映画と、出会い」がリニューアル。その記念すべき第1回目の対談相手としてお声がけしたのは、自身が主演を務める『初級演技レッスン』の串田壮史監督だ。
2月22日(土)より公開される本作は、謎めいたアクティングコーチの蝶野穂積(毎熊)が即興演技をとおして受講者たちの記憶に入り込み、その人生を遡っていくことで奇跡に巡り合うさまを描いたもの。どのようにしてこのタッグが誕生したのか、そして串田監督が作る映画の現場はどのようなものだったのか。二人に語ってもらった。
俳優・毎熊克哉と、監督・串田壮史の出会い
──まずはお二人の出会いについて教えていただけますか?
串田:2016年の夏頃のことになるのですが、僕のほうから連絡を取ったんです。当時の僕は「ブラックサンダー」のCMを作っていて、そのキャストを探していました。それはちょうど『ケンとカズ』(2015年)が上映されていた時期で、劇場で観て、毎熊さんが舞台挨拶をしている姿も見ました。それで「すごくいいな」と思って、SNSのDMでオファーをしたのがはじまりです。
毎熊:あのCMで僕が演じたのは、ラップをするイケイケな兄ちゃんの役(笑)。これは面白そうだと思って、何の迷いもなく参加しましたね。広告の現場だということもあり、撮影はテンポよく進めていかなければなりませんでした。だからなのか、串田さんのテンションがすごく高くて、爽やかな人だという印象を抱いたのを覚えています。そしてそれから数年後、串田さんの長編劇場デビュー作である『写真の女』(2020年)を観たとき、本当にびっくりしたんですよ。広告と映画はまったくの別物ですが、それにしても同じ人が撮ったものとは思えない。独特の世界観に魅せられました。
──振り幅がすごいですよね。たしかにまったく違います。
毎熊:それで、ユーロスペースでの上映後に挨拶をしたのですが、串田さん本人の印象も以前とはまったく違ったんですよね。何というか、映画界の大先輩のような貫禄があるというか、熟練の域にある映画監督の佇まいがそこにはあったんです。
串田:毎熊さんは『写真の女』にコメントも寄せてくださいましたよね。まさか劇場にも来てくださるとは思いもしませんでした。そしてそのときに、「機会があればまたご一緒しましょう」と言ってくれたんです。なので『初級演技レッスン』の企画を出す際に、「僕の映画に出てくれると言っている人が一人だけいます。それは毎熊克哉さんです」という話をしました。潤沢な資金のある映画ではありませんが、役柄のイメージにピッタリ。毎熊さんの「一緒にやりましょう」というあの一言を覚えていたので、アタックしてみたんです。
──そもそも串田さんがなぜ毎熊さんに「ブラックサンダー」のCMへの出演オファーをしたのかが気になります。演じているのは『ケンとカズ』のときとはまったく違う役どころだと思うので。
串田:『ケンとカズ』での毎熊さんは、すごく恐い役をやっていますよね。でも舞台挨拶で登場してきた実際の毎熊さんは、まったくそうではなかった。迫力はあるのだけど、同時に軽やかさのようなものも感じる。これが大きなポイントです。それに当時の僕は『ケンとカズ』を観て、きっとコワモテの役どころのオファーが続くだろうと思っていました。でも、本当の毎熊さんはそういった存在から遠いところにいる。明るく優しい役や、悲しげな役にも向いているだろうと個人的に思っていました。恐い役を演じられる人は、演技の幅も広いはずですから。
毎熊:本当におっしゃるとおりで、あれからしばらくは暴力的な役を演じることが続きましたね。いまでもたまに反社会的なキャラクターのオファーをいただくことがありますが、これは役者としての僕の宿命なのかなと思ったりしています(笑)。でもだからこそ、あの当時から僕の表面的ではないところにまで関心を向けてくださっていたことが純粋に嬉しいです。やっぱり役者って、演じたキャラクターのイメージのほうが先行しちゃうと思うので。
なぜ「演技」がモチーフなのか?
© 2024埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
──そうしてやがてお二人の関係が、『初級演技レッスン』へと発展していくわけですね。
串田:これは「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024」のオープニングを飾るために制作されたものです。『写真の女』と長編第2作目の『マイマザーズアイズ』(2023年)を同映画祭の国際コンペティション部門で上映していただいていたことから、企画を出すチャンスを得られたんです。この企画段階から毎熊さんの存在があったというのは、かなり大きな強みでした。
──毎熊さんは映画祭の舞台挨拶で「間違いなく自分の代表作になる」と発言されていましたね。
毎熊:用意していた言葉ではなくて、あの場に立ったら自然と出てきたんです。「代表作」だなんて、普通は自分からは口にしませんよね(苦笑)。それは映画を観た方が決めることですし。でも、この映画だったら言ってもいいかなと思ったんですよ。本作に対する感想はまだほとんど聞けていませんが、たぶんいろんな反応が生まれる作品だと思います。しかも、「面白かった」とか「つまらなかった」とか、そういう言葉ではちょっと片付けられないというか、そんな映画だと感じているんです。串田さんと映画の現場でご一緒したいと思い続けてきてやっと生まれた作品ですが、とはいえ大袈裟なことを言ったつもりもなくて、気がついたらあの言葉を口にしていたんです。
──串田さんはなぜ本作で「演技」というものをモチーフに選んだのでしょうか?
串田:言語化するのが難しいところですが、これまでの長編3作品に共通しているのが、“そこに存在しないはずの何かが、たしかに存在している”というものです。人によってはこれを“ホラー”だと捉えるかもしれません。たとえばですが、俳優のワークショップで講師を務める場合、僕の本業は講師ではないのにもかかわらず、その場では先生的な人間として存在しなければなりません。つまり、講師として参加者と触れ合う以前に、まずは講師という役を演じなければならない。その姿には、これまでの人生経験が反映されるはずで、そこにはその人間の過去があらわれるわけです。『初級演技レッスン』で毎熊さんが演じる主人公の蝶野穂積は演技講師で、彼は自分の元を訪れた生徒たちの記憶にアクセスします。そして、一人ひとりが持つ自分の過去に対する印象を、蝶野は変えてしまったりさえする。この設定を軸にすれば、ホラー調にもできるし、SFっぽく仕上げることもできる。「演技」というのは、いろんな可能性を持ったモチーフだと思ったんです。
© 2024埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
──事前にお二人でディスカッションなどされたのでしょうか?
串田:最低限ですね。
毎熊:本当に最低限でした。難解な作品であればあるほど、話し合って決めるものではないと僕は考えています。世界観の共有だったり、押さえておかなければならないポイントはいくつかありますが、でもそれくらいですね。串田さんは、欲しい画のイメージなどは伝えてくれるのですが、役について細かく説明したり、演技そのものに指示をすることはほとんどありません。表情や歩くスピードに関して少しオーダーがあったくらいでしょうか。
──本作でついに映画でのタッグが実現したわけですが、振り返ってみていかがでしたか?
串田:毎熊さんって、僕とカメラマンがどういう順番で画を撮ろうとしているのかや、どういうサイズ感でどこを狙っているのかなど、すべてを理解しています。そのうえで、演技をしている。僕が何を欲しているのか、この映画には何が必要なのか。ときにはカメラマン以上に理解しているように思える瞬間さえ何度かありました。
毎熊:微妙なところですよね。監督によってはそういうのを好まない方もいるでしょうし、本来であれば僕自身も、もっと動物的な感覚でカメラの前に立っていたい。でも串田さんの作品は緻密さと強いこだわりによって成立しているものだと分かっていますから、まずは串田さんが欲するものを汲み取ったうえで、そこに自分なりの表現をのせられたらと考えたんです。監督と撮影部の会話をよく盗み聞きしていましたね(笑)。
串田:気がつくと、僕らの斜め後ろあたりにいるんです(笑)。
毎熊:串田さんは「演技のことは演技のプロにお任せします」という考えを持っている方ですし、いち役者として、映画は監督のものだという思いが僕にはあります。現場に臨むスタイルが、それぞれ自然とハマったのだと思います。
串田壮史
くしだたけし|監督
1982年生まれ、大阪府出身。ピラミッドフィルム所属。
長編デビュー作『写真の女』(20)は、世界中の映画祭で40冠を達成し、7カ国でのリリースが決定。同作でSKIPシティアワードを受賞して製作された『マイマザーズアイズ』(23)は、イギリス最大のホラー映画祭・ロンドン フライトフェストで《Jホラー第3波の幕開け》と評され、世界に向けて配給が行われている。
毎熊克哉
まいぐまかつや|俳優
1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の初主演映画『ケンとカズ』で第71回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、第31回高崎映画祭最優秀 新進男優賞を受賞。近年の主な映画出演作は『生きちゃった』、『マイ・ダディ』、『猫は逃げた』、『そして僕は途方に暮れる』、『世界の終わりから』、『初級演技レッスン』。公開待機作に『 悪い夏』、『時には懺悔を』、『桐島です』が控えている。
『初級演技レッスン』
2025年2月22日(土)より、渋谷ユーロスペース、MOVIX川口ほか全国順次公開
毎熊克哉
大西礼芳 岩田奏
鯉沼トキ 森啓一朗 柾賢志 永井秀樹
監督・脚本・編集:串田壮史
制作プロダクション:Ippo/デジタルSKIPステーション
製作:埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
配給:インターフィルム
© 2024埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
撮影:西村満 取材・文:折田侑駿
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1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の初主演映画『ケンとカズ』で第71回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、おおさかシネマフェスティバル2017新人男優賞、第31回高崎映画祭最優秀新進男優賞を受賞。近年の主な映画出演作は『生きちゃった』、『マイ・ダディ』、『猫は逃げた』、『妖怪シェアハウス 白馬の王子様じゃないん怪』、『ビリーバーズ』。三浦大輔監督の『そして僕は途方に暮れる』が公開中。