毎熊克哉×天野千尋監督 対談後編ー演技の鮮度 2024.12.25
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とにかく一度やったことを“なぞらない”ように意識しています。──毎熊克哉
やはり本質は “リアルに存在すること” でしょうか──天野千尋監督
毎熊「『ミセス・ノイズィ』(2020年)などの天野千尋監督をゲストにお招きした回の後編です。こちらでお聞きしたいのは、天野さんがひとつのカットを撮るうえで、“鮮度”というものをどのように捉えているのかということ。役者としてはテスト時に生まれる演技が一番新鮮だと感じていますが、これは未知の状態からはじまるので当然ですよね。それで次にまた同じことをやろうとなると、すでに自分が生み出したものを演じることになってしまう。すると現場の誰もがドキドキワクワクしなくなりますし、これはお客さんにも伝わるような気がしているんです」
天野「映画の撮影は通常、まず段取りの確認があって、テストをして、それから本番に入っていきますよね。もっとも鮮度が高いのは、私も正直テスト時点の演技だと感じることが多いです。テイクを重ねると微かな“慣れ”が互いに生まれる感覚があり、長年の悩みです。
でも、カメラや照明や録音マイクなど、技術的なことを確認するためにはテストは必要。なのでいつも試行錯誤してます。たとえば本番直前に、何かひとつだけ俳優さんにお願いをしてみたり。“お芝居の中で水を飲んでほしい”だとか。こうしたオーダーが入ることによって、鮮度が生まれる可能性があるかを探ったり。俳優さんとしてどうですか?」
毎熊「演技の動線を変えるのはひとつの手ですよね。僕自身、テストでやらなかったことを積極的にやったりします。たとえば食事のシーンを撮影する場合でいうと、食べる量やペースを変えてみたり。一度やったことは結果がどうなるか予測できてしまうので、少しでも予測不可能な状態に持っていければ鮮度を保てるのではないかと考えているんです。とはいえ、カットの割り方によっては編集する際の繋ぎ目を意識しないといけないので、何でも許されているわけではない。なので僕としては意識的にお芝居を変えるというよりは、とにかく一度やったことを“なぞらない”ように意識しています」
天野「編集のために全く同じ演技を繰り返すのは基本ですが、個人的にはそれで“慣れ”に陥ってしまうなら、多少繋ぎにくくても“なぞらない”新鮮なものを見られる方が嬉しかったりもします。編集で想定のカット割りを変えるなど、ポジティブに迷えることもあるので。私は映画に関わるほどに、俳優さんを尊敬する気持ちが強くなっています。そもそも演技って、言うなれば不自然なことをやるわけじゃないですか。人間が自分でない人間を演じるわけですから。実は監督になる前は誰にでもできることだと思っていました。でもいまは、俳優さんって、心の動きに合わせてとても繊細かつ柔軟に全身の筋肉を操る特殊な能力が必要な職業だと実感しています。どうやってんの!? っていつも不思議な感覚で見ています」
毎熊「演技なんて誰にでもできるものだと言われたことがあります。みんな小さな頃は“ごっこ遊び”をやっていたはずだと。たしかに、と思いました。あの当時は本気で自分がウルトラマンや仮面ライダーになったつもりでいましたから、いまやっていることと大差ない。変わったのは、そこに深みや複雑さが加わったことかなと。なので本質は変わらないわけですよね。ただやっぱり、“ごっこ遊び”には観客がいるわけじゃありませんが、役者の演技は誰かに見せる前提のものです。ここが大きな違いですかね」
天野「やはり本質は “リアルに存在すること” でしょうか。私は脚本を書く際、特定の身近な人を思い浮かべてキャラクターを作り上げていくようにしています。すると、まだ紙の上の登場人物が、具体的で立体的な存在になるんです。ただ、そこからキャスティングとなると、イメージとは異なる方が演じることも多い。それが新しい発見になったりもしますね。私としては、その俳優さんならではの面白さを見つけたいと思っています。その人特有のクセなどが、キャラクターにも反映されるはずですから。俳優さんには自分を役に寄せていくタイプの方と、役を自分に寄せるタイプの方とに分かれるとよく聞きます。毎熊さんはどうでしょう?」
毎熊「その話題はよく出ますね。でも僕自身、どっちなのか分かっていません。ただ分かっているのは、まったく別の人間に100パーセントなることはできないのだということ。もしこれが実現できるなら、それこそ誰がやってもいいわけですもんね。なので僕としては、90パーセントを目指しています。残りの何パーセントかに役者自身の個性が出れば、それがその人が演じた意味や意義にも繋がるはずだと。自分の考えと役の考えが違っても、いろいろな可能性を探りながら擦り合わせていくこともできる。僕はそういうスタンスでお芝居に臨んでいます」
天野「俳優さんの個性が強く出ることによってキャラクターが魅力的になることは多々ありますもんね。毎熊さんとはまだ現場でご一緒したことがないわけですが、こうしてお話ししていると、演じる役にご自身の色を丁寧に加えてくださるのだろうなという印象を持ちました。誠実でありつつも臆病にもなりすぎないバランス感覚をお持ちなのだろうなと。私は普段からすごく考えるタイプで、脚本執筆の段階はもちろんそうですが、撮影の段階に入っても試行錯誤を重ねずにはいられないタイプです。俳優さんが現場で何を感じ、何を考えているのか知りたいですし、そこにはやっぱり時間をかけたい。毎熊さんとご一緒する際はそういうスタイルで取り組みたいですね」
毎熊克哉
まいぐまかつや|俳優
1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の初主演映画『ケンとカズ』で第71回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、第31回高崎映画祭最優秀 新進男優賞を受賞。近年の主な映画出演作は『生きちゃった』、『マイ・ダディ』、『猫は逃げた』、『そして僕は途方に暮れる』、『世界の終わりから』。2025年の公開作品に『初級演技レッスン』、『 悪い夏』、『桐島です』が控えている。
天野千尋
あまのちひろ|映画監督
1982年7月30日生まれ、愛知県出身。2009年に映画制作を開始、ぴあフィルムフェスティバルを始め、多数の映画祭に入選・入賞。主な監督作品に、WOWOWドラマ『神木隆之介の撮休』監督、土ドラ『僕の大好きな妻!』(東海テレビ・フジテレビジョン系)のほかアニメ『紙兎ロペ』などの脚本を手がける。長編映画『ミセス・ノイズィ』がニューヨーク・ジャパンカッツ観客賞、日本映画批評家大賞脚本賞を受賞。脚本を担当したドラマ『ヒヤマケンタロウの妊娠』がNetflixで配信中。
取材・文 / 折田侑駿 撮影 / 梁瀬玉実
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1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の初主演映画『ケンとカズ』で第71回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、おおさかシネマフェスティバル2017新人男優賞、第31回高崎映画祭最優秀新進男優賞を受賞。近年の主な映画出演作は『生きちゃった』、『マイ・ダディ』、『猫は逃げた』、『妖怪シェアハウス 白馬の王子様じゃないん怪』、『ビリーバーズ』。三浦大輔監督の『そして僕は途方に暮れる』が公開中。