前原滉「一つひとつ、全力でやるしかない」 『ありきたりな言葉じゃなくて』インタビュー 2024.12.19
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前原滉を主演に迎え、テレビ朝日映像がはじめて生み出した長編劇映画『ありきたりな言葉じゃなくて』。渡邉崇監督が手がけた本作は、脚本家の青年がとある問題に巻き込まれ、周囲の人々や自分自身に向き合っていくさまを描いた人間ドラマだ。主人公・藤田拓也を演じた前原はオファーを受けた際、「僕には背負うことができないかもしれない」と思ったのだという。そんな彼に話を聞いた。
「覚悟を決められてよかった」
──オファーが来たときの心境を教えてください。
「主演をやる機会があまりないので、まずは率直に嬉しかったです。と同時に、この作品の内容を知って、僕には背負うことができないかもしれないと、マネージャーさんとお話ししました。いまでは、何であんな反応を示したのだろうかと不思議に思うのですが、当時の僕はそうだったんです。あの頃の自分の気持ちがついていけなかったというか」
──そこからどのような流れでオファーを受ける決断をされたのでしょうか?
「監督の熱意に背中を押されるかたちでした。僕はふだん脇に回る役どころが多いのですが、その場合は作品の軸となるものを主演の方々がつくってくださいます。でも自分が主演を務める場合、何か少しでも引っかかるものを抱えたまま参加するのは、いろいろとマズいのではないかという気持ちがあったんです。演じるキャラクターにも、この作品に関わるみなさんに対しても、失礼になるのではないかと。不安だったのは、主人公の藤田拓也が背負うものに対してではなく、それに向き合う当時の僕の内面の問題です。うまく言葉にできないのですが……。嬉しいオファーであっても、以前より冷静に考えるようになったのは年齢を重ねたからかもしれません。最終的には覚悟を決められてよかったです」
──主人公・藤田拓也のキャラクターに関してはどんな印象を持ちましたか?
「僕自身とそんなに遠くないキャラクターだと思いました。誰だって特別な存在になりたい気持ちを持っていたりするものですよね。彼は脚本家としてですが、僕もこの仕事をやっていて思います。誰かにとって特別で大切な存在だったとしても、社会的に飛び抜けて特別でなければ、それはとても“普通”だともいえる。彼は彼の思う特別な存在になりたいけれど、そうはなれないでいる。これが拓也に対する印象です。はじめて脚本を読んだときから、彼と僕の人間的な近さを感じていました」
──前原さんご自身と役の近さというのは、演じるうえでの取り組みやすさにつながるのでしょうか?
「取り組みやすいところがあれば、そうではないところもありました。演じる役と近い部分があると、僕の場合は役にではなく、自分のほうに寄せてしまうんですよ。とはいえ拓也とは生まれ育った環境をはじめ、細かな違いがたくさんあります。彼の実家は中華屋ですが、僕の両親は飲食店をやっていません(笑)。そういった細部の違いが演じるうえでは重要なのかもしれませんね。僕自身と役の違いの幅が大きく、遠い存在のほうが、個人的には演じやすい気がしています。近いと寄せてしまうので、そのほうが楽ではあるのですが」
人間同士で、現場でつくっていくことを大切に
──本作での前原さんは、ほとんどの出演者と関わりますよね。具体的にどのように藤田拓也というキャラクターを立ち上げていったのでしょうか?
「いくら主役とはいえ、ここまで多くの方と関わる作品は珍しいかもしれません。本作では本当にいろんな共演者の方、そしていろんなキャラクターと関係を持つので、そこからいただくものがたくさんあります。なので、決め打ちして現場に臨むようなことはしませんでした。イメージで決めつけないということです。僕ははじめて脚本を読んだときの第一印象を大切にしていますが、現場で具体的にシーンが立ち上がっていく過程で見えてくるさまざまな側面というものがあるはず。そこでいかに柔軟に対応していけるかが重要だと考えています。脚本に書かれていることをそのままやるだけだと、演じるのは誰でもよくなってしまうのではないでしょうか。なので、人間同士で、現場でつくっていくことを大切にしています」
──映画との新しい関わり方ができたとのことですが、主演を務めた本作を経て得た発見はありますか?
「作品に関わるたびに思うのですが、そのときにやれることは限られています。主演だからと気合いを入れて臨んだところで、急に特別な何かができるようになるわけではありませんから。マンガに登場するような特殊能力は出せないのだと、現場に行くたびに実感しています(笑)。この作品はとくにそうでした。だから一つひとつ、全力でやるしかない。それは作品のため、現場をともにするみなさんのため、そして自分自身のために。この現場ではじめて映画づくりに参加する方々がいたので、また新たな現場でお会いできるよう、続けていきたいです」
『ありきたりな言葉じゃなくて』
監督・脚本 / 渡邉崇
出演 / 前原滉、小西桜子、内田慈、奥野瑛太、那須佐代子、小川菜摘、山下容莉枝、酒向芳
公開 / 2024年12月20日(金)新宿シネマカリテほか
©2024 テレビ朝日映像
32歳の藤田拓也(前原滉)は中華料理店を営む両親と暮らしながら、念願のドラマ脚本家への道を探るなか、ついにデビューが決定する。夢を掴み、浮かれた気持ちでキャバクラを訪れた拓也はりえ(小西桜子)と出会う。りえと遊んで泥酔した拓也が、翌朝目を覚ますと、そこはホテルのベッドの上。記憶がなく、りえと連絡がとれなくなった拓也の元に数日後、りえの”彼氏”だという男・猪山衛(奥野瑛太)が現れる。強引にりえを襲ったという疑いをかけられ、高額の示談金を要求される拓也。脚本家デビューを控えてスキャンダルを恐れるあまり拓也は要求を受け入れるが、事態はテレビ局にも発覚し、脚本担当から外されてしまう。京子や家族からの信頼も失い、絶望する拓也の前に、りえが再び姿を現す……。
前原滉
まえはらこう|俳優
1992年11月20日生まれ、宮城県出身。ドラマ『あなたの番です』(日本テレビ系)でマンションの新管理人役を演じ話題に。近年のドラマではNHKの連続テレビ小説『らんまん』、よるドラ『VRおじさんの初恋』(NHK総合)、『スカイキャッスル』(テレビ朝日系)『クラスメイトの女子、全員好きでした』(読売テレビ系)や、映画では『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』、『沈黙の艦隊』、『笑いのカイブツ』、『マッチング』など幅広く活躍する。
撮影 / 西村満 取材・文 / 折田侑駿 スタイリスト/ 臼井崇(THYMON Inc.) ヘアメイク/ゆきや(SUN VALLEY)