毎熊克哉×高橋伴明監督 対談後編 - 映画づくりの一番の源 2025.7.3

俳優・毎熊克哉による連載「毎熊克哉 映画と、出会い」では前回に引き続き、彼の主演作である『「桐島です」』を手がけた高橋伴明監督をゲストとしてお招き。この「後編」では、史実を基にしたフィクション作品をつくるうえで力点を置いたポイントなどについて、それぞれの立場・視点から語ってもらう。
いまのこの時代において、ふたりにとって映画とは何なのか──。
映画よりも、映画づくりが好きなんだよね──高橋伴明
僕もいまはとにかく現場が好きですね──毎熊克哉
──この対談の「前編」では、おふたりの出会いや、実在の人物の半生を描くこと/演じることなどについてお話をうかがいました。ここでは改めて『「桐島です」』の脚本についてお聞きしたいのですが、毎熊さんははじめて読んだときにどんな印象を抱きましたか?
毎熊:全体の印象として、僕はまず優しさを感じました。それは劇中の桐島聡というキャラクターにも表れていると思いますし、史実を基にしたフィクションとして描かれる彼の半生と、それを取り巻く人々との関係からも感じてもらえると思います。脚本のベースとなる部分を梶原阿貴さんが書いて、そこに伴明さんが手を加えていったそうです。
高橋:そう。俺が手を加えたのは“嘘”の部分。史実に基づいた物語を梶原に膨らませてもらって、そこにフィクションの要素を加えたんだよね。
毎熊:じゃあ、桐島とキーナ(北香那)が一緒に歌うところは、初稿の段階ではなかったんですね。
高橋:うん、なかったね。
©北の丸プロダクション
──歌唱のシーンはフィクショナルなものですが、すごく自然なかたちで作品全体と溶け合っていると感じました。
高橋:河島英五の『時代おくれ』をふたりが歌っているんだけど、この曲が絶妙にハマったんだよね。本当にたまたま。桐島とキーナが歌う曲がこれに決まってから、作品の方向性も一気に固まっていったんです。ちょっとハマり過ぎちゃったかなと感じているくらいですよ。
──毎熊さんは本作の脚本を読んで優しさを感じたとのことですが、もう少し具体的にお聞きしたいです。
毎熊:一口に“優しさ”といっても、それは決して押し付けがましいものではなく、ふんわりと感じられるものです。ですがそのいっぽうで桐島は怒りを抱えていたりもするので、すごく複雑ですよね。誰よりも謎の多い人物で、主人公でありながら実態が掴めない。
高橋:一番よく分からないキャラクターだよね。
毎熊:そうなんですよね。でも、この脚本上に淡々と綴られている桐島の日常には、やっぱり彼の優しさが滲み出ている。脚本から彼の生活の匂いがしたんですよね。いったいどのようなキャラクターなのか演じるうえで悩みはしましたが、手がかりはたくさんありましたね。
──本作のフィクショナルな要素である“音楽”は、演じるうえでも指針になりましたか?
毎熊:ええ、音楽の存在はかなり大きかったですね。この役を演じるにあたって、桐島聡という人物についてリサーチをしました。そもそも世代が違うので、事件のことも正確に把握していたわけではありませんから。でも、彼が関わったとされる事件について調べてみても、桐島聡の名前ってなかなか出てこないんですよ。だからうまく人物像が掴めない。それに彼に関する誰かの発言があったとしても、その人から見た桐島であって、それを100パーセント信じることはできません。もう本人に会うことはできないんだから。
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高橋:そうだね。
毎熊:この映画があくまでもフィクションだからこそ、フィクショナルな要素である“音楽”が僕にとって重要でした。僕の演じる桐島聡は音楽が好き。それは僕と彼の共通点でもあります。実際に生きている時代は違うけど、音楽をとおしてつながることができるんじゃないか。そんなことを思いました。
高橋:桐島聡が音楽好きだったという情報は実際に出ていたのでね。特別に好きなジャンルがあったんだろうけど、ちあきなおみの『喝采』をよく歌っていたともいうし、そこは純粋に“音楽好き”という設定でキャラクターを膨らませていきました。
──この物語のはじまりである1970年代半ばというと、監督はリアルタイムで体験されていますよね。桐島自身は関与していませんでしたが、東アジア半日武装戦線の「三菱重工ビル爆破事件」が起こった時は、どう感じましたか?
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高橋:もっともショックだったのは、「まだいたのか」ということ。この手の活動家たちは、自分の中では赤軍の登場で終わっていたんです。でも1974年に「三菱重工ビル爆破事件」が起こった。「本気の奴らがまだいるんだ」とショックを受けましたよ。
──桐島たちが起こす行動は、当時の社会の環境が生み出したものだと感じました。
高橋:そうだと思いますよ。確固たるイデオロギーがなくたって、特定の主張に共鳴し、運動に参加する人々がたくさんいた時代ですから。あの時代を生きていた人間として、この構図に関しては理解できますね。
──毎熊さんは後続する世代の方としていかがでしょう?
毎熊:70年代と現代とでは時代がまったく違いますし、僕にとって彼らの起こした事件は遠くの出来事だと思っていました。でも、桐島聡とは出身地が同じで、あの土地から東京に向かったのだと、僕自身の過去と重ね合わせることができます。そして、その先で出会った環境によって、彼は事件に関わることになったんでしょうね。たとえば、もしも演劇に出会っていたら、違う人生があったのだと思います。若き日の彼が手にした武器は映画ではなく、音楽でもなく、爆弾だった。そういうことなんでしょうね。
──おっしゃっていること、すごく分かる気がします。
毎熊:僕自身もいろんな巡り合わせによって、いまここにいますからね。伴明さんの映画づくりにおいて、エネルギーの源になっているのが何なのかをお聞きしたいです。
高橋:俺には現場しかないんだよね。やっと気がついたというか、現場がないともうダメでね。現場がなければやることがないから、ついいろいろと考えちゃうんだよ。するとアイデアがいっぱい出てきて、映画を撮りたくてしょうがなくなる(笑)。この繰り返し。
毎熊:その一番の源が気になるんです
高橋:昔は“怒り”だと思ってた。でも違う。けっきょくは映画づくりの現場がただただ好きなんだ。映画よりも、映画づくりが好きなんだよね。
毎熊:映画よりも映画づくりが好き……。すごく印象に残る言葉です。僕ももともとは映画を観るのが好きでこの業界に飛び込んできたのですが、いまはとにかく現場が好きですね。みんなでアレコレ言い合いながら映画をつくっていくのが。でも自分の場合は役者なので、伴明さんのような方たちが生み出したものに乗っかるかたちではありますけどね。
高橋:いやいや、毎熊くんは十分に生み出してるよ。俺は『「桐島です」』の撮影をとおしてそう感じた。
毎熊:嬉しいです。
高橋:でもまあ、この映画を観た人には社会に対する“怒り”も感じてほしいね。みんなもっと怒っていいはずだと思っているからさ。
高橋伴明
たかはしばんめい|監督
1949年5月10日生まれ。奈良県出身。1972年『婦女暴行脱走犯』で監督デビュー。以後、若松プロダクションに参加。60本以上のピンク映画を監督。『TATTOO〈刺青〉あり』(82/主演:宇崎竜童)でヨコハマ映画祭監督賞を受賞。以来、脚本・演出・プロデュースと幅広く活躍。『愛の新世界』(94/主演:鈴木砂羽)でおおさか映画祭監督賞受賞し、ロッテルダム映画祭で上映された。主な監督作品は『光の雨』(01/主演:萩原聖人)、『火火』(04/主演:田中裕子)、『丘を越えて』(08/主演:西田敏行)、『禅 ZEN』(08/主演:中村勘太郎)、『BOX 袴田事件 命とは』(10/主演:萩原聖人)、『赤い玉、』(15/主演:奥田瑛二)、『痛くない死に方』(20/主演:柄本佑)など。前作『夜明けまでバス停で』(22)は第96回キネマ旬報ベスト・テンで日本映画監督賞を始め多数の賞に輝く。
毎熊克哉
まいぐまかつや|俳優
1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の主演映画『ケンとカズ』で第71回毎日映画コンクール、スポニチグランプリ新人賞など数多くの映画賞を受賞。以降、テレビ、映画、舞台と幅広く活躍。主な映画出演作に『いざなぎ暮れた。』『サイレント・トーキョー』(20)、『孤狼の血 LEVEL2』『マイ・ダディ』(21)、『猫は逃げた』『冬薔薇』(22)、『世界の終わりから』(23)、『初級演技レッスン』『悪い夏』(25)等。公開待機作に『時には懺悔を』が控えている。
『「桐島です」』
2025年7月4日(金)より新宿武蔵野館ほかにて公開
1970年代、高度経済成長の裏で社会不安が渦巻く日本。大学生の桐島聡は反日武装戦線の活動に共鳴し、組織と行動を共にする。しかし、1974年、三菱重工爆破事件で多数の犠牲者を出したことで、深い葛藤に苛まれる。組織は警察当局の捜査によって、壊滅状態に。指名手配された桐島は偽名を使い逃亡、やがて工務店での住み込みの職を得る。ようやく手にした静かな生活の中で、ライブハウスで知り合った歌手キーナの歌「時代遅れ」に心を動かされ、相思相愛となるが…。
毎熊克哉
奥野瑛太 北香那
高橋惠子
監督:高橋伴明
脚本:梶原阿貴、高橋伴明 音楽:内田勘太郎 撮影監督:根岸憲一
配給:渋谷プロダクション
©北の丸プロダクション
撮影:西村満
取材・文:折田侑駿
ヘアメイク:MARI(SPIELEN)
スタイリスト:カワサキ タカフミ

1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の初主演映画『ケンとカズ』で第71回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、おおさかシネマフェスティバル2017新人男優賞、第31回高崎映画祭最優秀新進男優賞を受賞。近年の主な映画出演作は『生きちゃった』、『マイ・ダディ』、『猫は逃げた』、『妖怪シェアハウス 白馬の王子様じゃないん怪』、『ビリーバーズ』。三浦大輔監督の『そして僕は途方に暮れる』が公開中。