毎熊克哉×高橋伴明監督 対談前編 - 十数年の時を経て念願の初タッグ

毎熊克哉

 俳優・毎熊克哉による連載「毎熊克哉 映画と、出会い」の最新回のゲストは、7月4日(金)より公開の彼の主演作である『「桐島です」』を手がけた高橋伴明監督。これが毎熊にとって、高橋監督との念願の初タッグとなった。

 本作が描くのは、1970年代の半ばから、およそ半世紀にもおよぶ逃亡生活を繰り広げた桐島聡の半生だ。高橋監督はなぜ、この役を毎熊が演じることを望んだのか。この対談の「前編」では、おもに本作の企画の成り立ちについてお届けする。

この映画の桐島聡は毎熊くん自身がつくり上げていった──高橋伴明

伴明さんの脳内イメージを想像することに力を注いでいました──毎熊克哉

──まずは毎熊さんと高橋監督の作品との出会いについてお聞きしたいです。

毎熊:21歳のときの話なのですが、じつは伴明さんの『禅 ZEN』(2009年)という作品に参加しているんです。当時は映画とのひとつの関わり方として役者業をはじめてみたばかりの頃で、右も左も分かりませんでした。そんな僕の元に、「剃髪をすれば明日から高橋伴明組に参加できる」という話が来たんです。それが僕にとってはじめてのプロの映画の現場で、緊張感に満ちていて、すごく印象に残っていますね。それまでにテレビドラマにエキストラで参加したことはありましたが、「これが映画の現場なんだ!」と衝撃を受けたのを覚えています。果たしてこれから自分はこの世界でやっていけるのだろうか。そんなことを思っていました。僕の役者人生において、伴明さんは大きな存在なんです

高橋:あの撮影のことは覚えていますが、まさか毎熊くんがいたとはね。自分には見る目がないんだな。『ケンとカズ』(2016年)を観てから彼のことを意識するようになったんです。“認識”することから、“意識”することへと変わった。要するにね、光ってましたよ。

──それから十数年の時を経て、こうして主演俳優と監督としてのタッグが実現したのですね。

毎熊:本格的にご一緒するのはこれがはじめてです。でもはじめてだからこそ、『「桐島です」』の主役をなぜ僕に任せてくださったのか気になっていました。『ケンとカズ』のときの役どころとはまったく違いますし。

高橋:「真逆」といえるかもしれないよね。

毎熊:桐島さんは実在した人物で、誰もが一度は写真を目にしたことがあるはず。そこに僕の顔を並べてみても、似てないよな……と。

高橋:いやいや、しだいに似てくるというか、そう見えてくるから。

©北の丸プロダクション

──監督としてはなぜこの役を毎熊さんにお願いされたのでしょうか?

高橋:毎熊くんに対してはいろんな印象があったんだけどね。そのうちのひとつとして、こちら側が何を求めているのか、何を期待しているのかを、即座に理解できるタイプだろうと思ったんですよ。直感でね。もともとは映画監督を目指していたのだとあとで知って、納得しましたね。だから現場でこちらの要望をわざわざ伝えることはありませんでしたよ。この映画の桐島聡は毎熊くん自身がつくり上げていったもので、こちらはその流れに乗っかっただけなんです。

毎熊:現場で演技に関して何か指示をされることは、ほとんどありませんでしたね。僕は伴明さんがカメラマンの方に何を言っているのか、盗み聞きしていました。監督の意図を汲み取ることができていたのだとしたら、それありきです。僕の個人的なことをお話しすると、『禅 ZEN』から十数年を経てようやくご一緒できる機会なので、たとえばテイクを厳しく重ねるだとか、そういったこともあるだろうと覚悟していました。でも伴明さんはとくに何もおっしゃらない。なので僕はとにかく現場に集中して、伴明さんの脳内イメージを想像することに力を注いでいました。

高橋:結果として「桐島そのものだ」ってみんな言いますね。でも脚本には、桐島の人物像について細かくは記していない。毎熊くんが桐島をつくり上げていったからこそ、だんだんとカメラの前に立つ姿が桐島聡という人間に見えてくるようになっていったと思うんだよね。こちらとしては毎熊くんが初日に示してくれた演技のアプローチに、そっと乗っかっていっただけ。それだけなんです。

©北の丸プロダクション

──2024年の1月に指名手配中の桐島さんが病院で本名を名乗ったと報道され、日本中の人々が大きな衝撃を受けました。高橋監督はなぜ、桐島聡という人物をモチーフにした作品を撮ることになったのでしょうか?

高橋:ニュースになったことで、やっぱり気になっていましたよね。そんなところへ、この映画の企画者である小宮亜里さんから「撮るべきでしょう」と言われて、(前作『夜明けまでバス停で』の)脚本家の梶原阿貴に電話をしてみた。すると彼女は彼女ですでに準備を進めていたんです。

毎熊:ニュースで報道される前から、ずっと気にかけていたんですか?

高橋:いや、「いたな」という感じかな。ずっと逃げてるんだろうと思っていたから。そうしたら突然あの写真が大々的に出てきた。そういう流れだったかな。

©北の丸プロダクション

──実在の人物の半生を描くこと、そして演じることについてお聞きしたいです。

高橋:たしかに実在はしたけれども、その実態は分かりませんでしたからね。分からないからこそ、こちらとしては自由だったとも言えるし、辛かったとも言える。最後の最後まで、ずっと迷いながら撮影していたんです。毎熊くんは現場で着実に桐島聡というキャラクターを積み上げていたけれど、自分にはそれができなかった。この桐島という存在は、自分を投影したものでもあるんです。学生運動が盛んだった頃、俺に確固たるイデオロギーがあったのかどうか。そういうことを改めて考えてみると、まったくなかったなと。成り行きで、周囲に流されてやっていた。桐島もイデオロギーがなかったからこそ、他のメンバーと違い、約半世紀も逃亡できたのではないかと思います。この映画は史実を基にはしていますが、フィクションも織り交ぜています。分からないからこそ、嘘をつくことができたところもあると思いますね。

毎熊:桐島聡という人は実在しましたが、本当はどんな人間だったかなんて分からない。でもたとえばそれは、歴史上の人物にしたって同じだと思うんです。織田信長がどんなだったかなんて、本当のところは誰も分からない。これが映画ではない別の表現媒体だったら、人物像を正確に捉える必要があるのかもしれません。でもこれは桐島聡という人物をモチーフにした映画です。もちろんいろいろと調べはしました。でも役者として参加する自分にとっての正解は、いただいた脚本の中にこそあるはず。これは史実を基にした、あくまでもフィクションですからね。役を演じるうえで押さえるべきところは押さえつつ、フィクションの持つ豊かな力に身を委ねたい。高橋伴明監督がこの題材の映画を撮るという時点で、最終的に照準を合わせるべきなのは脚本だと決めていました。



高橋伴明
たかはしばんめい|監督
1949年5月10日生まれ。奈良県出身。1972年『婦女暴行脱走犯』で監督デビュー。以後、若松プロダクションに参加。60本以上のピンク映画を監督。『TATTOO〈刺青〉あり』(82/主演:宇崎竜童)でヨコハマ映画祭監督賞を受賞。以来、脚本・演出・プロデュースと幅広く活躍。『愛の新世界』(94/主演:鈴木砂羽)でおおさか映画祭監督賞受賞し、ロッテルダム映画祭で上映された。主な監督作品は『光の雨』(01/主演:萩原聖人)、『火火』(04/主演:田中裕子)、『丘を越えて』(08/主演:西田敏行)、『禅 ZEN』(08/主演:中村勘太郎)、『BOX 袴田事件 命とは』(10/主演:萩原聖人)、『赤い玉、』(15/主演:奥田瑛二)、『痛くない死に方』(20/主演:柄本佑)など。前作『夜明けまでバス停で』(22)は第96回キネマ旬報ベスト・テンで日本映画監督賞を始め多数の賞に輝く。

毎熊克哉
まいぐまかつや|俳優
1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の主演映画『ケンとカズ』で第71回毎日映画コンクール、スポニチグランプリ新人賞など数多くの映画賞を受賞。以降、テレビ、映画、舞台と幅広く活躍。主な映画出演作に『いざなぎ暮れた。』『サイレント・トーキョー』(20)、『孤狼の血 LEVEL2』『マイ・ダディ』(21)、『猫は逃げた』『冬薔薇』(22)、『世界の終わりから』(23)、『初級演技レッスン』『悪い夏』(25)等。公開待機作に『時には懺悔を』が控えている。

「桐島です」
2025年7月4日(金)より新宿武蔵野館ほかにて公開
1970年代、高度経済成長の裏で社会不安が渦巻く日本。大学生の桐島聡は反日武装戦線の活動に共鳴し、組織と行動を共にする。しかし、1974年、三菱重工爆破事件で多数の犠牲者を出したことで、深い葛藤に苛まれる。組織は警察当局の捜査によって、壊滅状態に。指名手配された桐島は偽名を使い逃亡、やがて工務店での住み込みの職を得る。ようやく手にした静かな生活の中で、ライブハウスで知り合った歌手キーナの歌「時代遅れ」に心を動かされ、相思相愛となるが…。

毎熊克哉
奥野瑛太 北香那
高橋惠子

監督:高橋伴明
脚本:梶原阿貴、高橋伴明 音楽:内田勘太郎 撮影監督:根岸憲一
配給:渋谷プロダクション
©北の丸プロダクション

撮影:西村満
取材・文:折田侑駿
ヘアメイク:MARI(SPIELEN)
スタイリスト:カワサキ タカフミ

毎熊克哉 俳優

1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の初主演映画『ケンとカズ』で第71回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、おおさかシネマフェスティバル2017新人男優賞、第31回高崎映画祭最優秀新進男優賞を受賞。近年の主な映画出演作は『生きちゃった』、『マイ・ダディ』、『猫は逃げた』、『妖怪シェアハウス 白馬の王子様じゃないん怪』、『ビリーバーズ』。三浦大輔監督の『そして僕は途方に暮れる』が公開中。

この連載の人気記事 すべて見る
今読まれてます RANKING