細田善彦・葉名恒星・渋江譲二・玉井雄大 『ランニングハイ』特別座談会 2026.6.3
現代人の“性愛”に光を当て、人間の愛と孤独を描き続けてきた葉名恒星監督の最新作が始動──。性と愛の狭間で揺れる若者たちの姿を描いた『愛うつつ』(2021年)、『きみは愛せ』(2022年)、『きみとまた』(2023年)に続く長編第4弾が映し出すのは、“ネトラレ/ネトラセ”に材を取ったラブストーリーにして大人の青春映画だ。
物語の主人公は、地方の事務所に所属する芸歴12年目のお笑い芸人・涌井唱。漫才コンビ「ランニングハイ」のツッコミとして奮闘する彼は、コンビの熱烈なファンでもある妻・明日香と結婚4年目の生活を送っていた。一向に売れる気配のない唱を応援する明日香は最良のパートナーだが、いつからか彼女の身体が反応しなくなり、長らくレス状態が続いている。そんなある日、明日香に受け入れられない寂しさから唱が過ちを犯したことで、ふたりの関係は大きく変わっていくことに。そしてそれは、「ランニングハイ」が飛躍をはじめるきっかけでもあった──。
本作は現在、クラウドファンディングプラットフォーム「シネファ」で支援者を募集中だ。このプロジェクトの始動を記念して、主人公の涌井唱を演じる細田善彦、企画・プロデューサーの渋江譲二、エグゼクティブプロデューサーの玉井雄大、そして、葉名恒星監督による座談会を実施。“お笑い×ネトラレ”を題材にした作品とは、果たしてどんなものなのか。本企画の中心メンバーが語る。
「お笑い×ネトラレ」を題材にした映画なんて、そうそう生まれることはないはずです──細田善彦
この夫婦の間にあるのは、果たして愛なのか──葉名恒星
“ネトラレ/ネトラセ”に材を取った『ランニングハイ』のはじまり
──まずは本作の企画のはじまりについて教えてください。
渋江:本当のはじまりは、いまから10年以上も前のことになります。僕は普段、役者をしているのですが、あるとき脚本を書いてみたんです。役者業が暇になってしまった際に、何かしなくてはと思って。それが“ネトラレ”に材を取ったものでした。その数年後、今作のプロデューサーである玉井雄大さんと『新卒ポモドーロ』(2020年)でご一緒したときに、この話をしてみたんです。すると興味を持ってくださって。コロナ禍が落ち着いてきた頃に本格的に動き出して、監督として葉名さんをご紹介いただきました。
玉井:男女の恋愛は基本的に、当事者である二者間の関係の中だけで起こるものですよね。でも“ネトラレ”となると、ここに第三者が入ってくることになるし、この第三者の存在がなければ関係が成立しない。映画で描く物語として、すごく興味深いですし、大きな可能性を感じました。これを監督として手がける方は、いったい誰が相応しいか。真っ先に葉名さんの存在が浮かんできました。これまでの葉名さんの作品には、気持ちと身体とが合致していない人々の苦悩が描かれていると感じていましたから。
葉名:最初は戸惑いました。映画を撮らせてもらえるチャンスがあるのであれば、基本的にどんなテーマのものでも挑んでいこうと思っています。でも、自分の分からないものを撮ることはできません。この題材の作品を手がけるのは、僕のほかに適任の方がいるはず。そんなことを思ったんです。
──葉名さんがもっとも引っかかっていたのは、やはり“ネトラレ”の部分なわけですよね?
葉名:その一点に尽きます。僕はその当事者ではないし、男である自分からすると、女性の性を搾取しているように映っていました。すごく男尊女卑的だなと。
──そこからどのようにして、このテーマと向き合っていけるようになったのでしょうか。
葉名:性に関する悩みや個人の嗜好は人それぞれです。僕がこれまでに撮ってきた3作品でも性を扱っていたのに、“ネトラレ/ネトラセ”は理解できないものとして背を向けるのには無理がある。だからまずは知ることからはじめました。それも、本当にいろんな角度からです。ご紹介いただいたスワッピング・カップルにインタビューをしたり、ハプニングバーに通う方々にお話を聞いたり。“共依存”という言葉から勉強し、“ネトラレ/ネトラセ”にどのような人間的な本質があるのかを探っていきました。やがて、理解した気になるのではなくて、この距離感のまま向き合っていけばいいんじゃないか。そう思うようになりました。脚本執筆の前段階に、だいぶ時間を要しましたね。
渋江:「あんまり理解できないんですよね」と葉名さんが言っていたのが印象に残っています。でも僕としては、その目線と距離感でいいんじゃないかと思いました。葉名さんの姿勢は最初から誠実でしたから。
──本作のオファーを受けたときの細田さんの心境についてもお聞きしたいです。
細田:僕がお話をいただいたときには、すでに脚本が出来上がっていました。お笑い芸人である主人公・涌井唱がたどる展開に惹き込まれるし、会話も軽妙ですよね。読み物として純粋に面白かったです。渋江さんが葉名さんに対しておっしゃったように、唱は振り回される側ですし、僕自身も無理に理解する必要はないと思いました。世間では“ネトラレ/ネトラセ”という言葉がひとり歩きしている印象があります。“NTR”という表記が、かなりキャッチーなものとして使われていたりするじゃないですか。でも当事者カップルにしてみれば、切実な悩みであり嗜好なのだと思います。だから僕は演じる身として、そこの部分を大切にしたいと思いました。
©映画「ランニングハイ」製作委員会
葉名:お芝居が達者なのは言うまでもないのですが、細田さんはカッコいいのにダサい役が似合うんですよね。ときおり垣間見える愛くるしさが素敵で、これが涌井唱というキャラクターには必要でした。見てくれはいいのに、どうにもうだつが上がらない。そんな唱役を演じられるのは、細田さんしかいないと思ったんです。
細田:なんだかあんまり褒められた気がしないな(笑)。実際にみなさんとお会いしたときに、「明るく駆け抜けるような映画をつくりたい」と玉井さんがおっしゃっていたのが強く印象に残っています。そして、これに続けて葉名さんが、「傍から見ればただのアホな人たちの物語として映るかもしれない。でも、それがやりたいんです」と重ねました。“お笑い×ネトラレ”を題材にした映画なんて、そうそう生まれることはないはずです。では堂々と、みんなでアホなことをやりましょうか。僕としてはそんな心持ちでした。
この夫婦の間にあるのは、果たして愛なのか
──本作の脚本はさまざまな要素によって構成されていますが、どのようにして組み立てていったのでしょうか。
葉名:まずラストシーンの光景が浮かんで、そこに向かって執筆していきましたね。セックスレス状態のとあるカップルがいて、“ネトラレ/ネトラセ”によって関係性に変化が生じていく。そんなふたりの歩みが最終的に、ある種の大団円にたどり着けたらいいなって。唱の職業を芸人に設定したことで、いくつもの要素がうまく結びついていきました。そういえば、渋江さんからいただいた原案だと、唱と妻の明日香の設定が逆だったんですよね。
渋江:唱のほうがネトラレ欲にかられていて、これに明日香が応える。そういう設定でした。
葉名:物語を描いていく僕としては、この設定がとても辛かった。だからまず最初に、この設定を入れ替えました。自分の性欲で女性を振り回す男よりも、愛する女性に振り回される男のほうが、僕は魅力的に描くことができる。そんな自信もありましたね。
渋江:作品の手触りがまったく違うものになりましたよね。それこそ、主人公は傍から見ればただのアホで、明るく駆け抜けるような映画になりそうな気がする。そう思ったのを覚えています。
葉名:これに加えて、何かがガラッと変わる瞬間が何度かありましたね。僕は自分の脚本を書く際、ある程度の形が見えてきたときに、どうしても一度壊したくなるんです。今回はそのタイミングに合わせて、磯部鉄平さんに脚本協力で入っていただきました。
──すごくドライブ感のある脚本に仕上がっていると感じました。“ネトラレ/ネトラセ”とお笑いの要素が有機的に作用し合い、化学反応を起こしていて、切実でありながら笑える。脚本の妙に唸りました。
葉名:そこはやっぱり、磯部さんの力が大きいですね。彼の作品はどれも、僕の作品では採用しない脚本の書き方や撮影手法を選択しています。そこにずっと魅力を感じていました。今作に関しては、自分の作風に近い感性を持った方に入っていただくより、真逆ともいえる方に入っていただくべきじゃないか。そう思い、玉井さんと渋江さんに提案しました。磯部さんとの執筆にかかった時間は半年間くらい。物語が停滞しても、磯部さんの視点が入ることで自然と動き出しました。豊かな時間になりましたね。
玉井:プロデューサー視点で懸念していたのは、明日香が加害者のように映ってしまうこと。それは僕らとしては本意ではありません。唱も明日香も必死にいまを生きていますからね。磯部さんに入っていただいたことで、明日香がよりチャーミングな存在になったと感じています。
渋江:設定を入れ替えることによって生まれた課題を、葉名さんたちは確実にクリアしていきましたよね。この企画自体は僕が長いこと温めてきたものなわけですが、性的嗜好とお笑いをかけ合わせるなんて、なかなか思いつきませんよね。唱と明日香の関係が、僕の想像を超えて発展していきました。
細田:散りばめられたいくつもの要素が、物語が進むごとに溶け合って、やがてひとつのテーマとして昇華していく。いち観客として、早く観てみたいですね。いまは撮影に向けて、漫才シーンの稽古でいっぱいいっぱいですけど(苦笑)。
©映画「ランニングハイ」製作委員会
──細田さんは演じるにあたって、何かリサーチをされていますか?
細田:唱が芸人であることに関してはそうですね。意識的に情報を吸収するようにしています。でもそのいっぽうで、情報は無限にあるともいえます。一口に「お笑い芸人」といっても、芸人さんの数だけ個性があるわけじゃないですか。僕としては唱の相方の康雄を演じる森田甘路さんと二人三脚で、ランニングハイというコンビを立ち上げられたらという思いです。
葉名:お笑いのパートに関する監修は、元ダイヤモンドの野澤輸出さんに入っていただいています。とても心強いです。
細田:個人的には、劇中で唱が翻弄されていく様に身を委ねればいいんじゃないか、と考えています。公開される際には性的な題材を扱った作品だというイメージが先行するのでしょうが、自分としてはラブストーリーであり青春映画だと捉えて撮影に臨むつもりです。
玉井:まさに。プロデューサーの立場からしても、“大人の青春映画”として打ち出していきたいと考えています。青春映画というと、10代や20代の物語がほとんどですよね。でも、30代で家庭を持ちながら青春したっていい。そんな思いがあります。
細田:そうですよね。漫才コンビのランニングハイが全力で駆け抜ける、これは大人の青春映画です。僕らと同じようにこの時代を生きている人たちが、他人には打ち明けられない事情を抱えているだけで、それはあくまでも個人のバックグラウンドでしかないですし。
──唱たちを特別だと感じてしまうのは、単純に他人の事情をほとんど知らないからなんでしょうね。
葉名:こうして顔を合わせている僕らにだって、互いに打ち明けられない秘密を持っているはずですよ。嗜好だってさまざまなはずです。
渋江:この社会はすぐにレッテル貼りをしようとしますが、唱も明日香も、別におかしなことはないと思うんですよね。
玉井:外野があれこれ言う世の中では、当事者である夫婦が何を感じて何を思っているのかが無視されていると感じます。赤の他人がジャッジするなんておかしいし、夫婦の問題は夫婦が向き合うことでしか前に進まない。この作品が描いているのは、じつはこんな当たり前のことなんです。それも“大人の青春映画”として。
渋江:唱や明日香の心の揺れを、観客のみなさんに感じてほしいですね。その感触は一人ひとり、違うものになると思います。
葉名:この夫婦の間にあるのは、果たして愛なのか。これを最大のテーマとして掲げつつ、唱たちがどこかに生きていると感じられる、そんな映画にするつもりです。
『ランニングハイ』 2027年劇場公開予定
シネファで制作応援サポーター募集中!(6月30日まで)
芸歴12年目、名古屋を拠点に活動する漫才コンビ「ランニングハイ」のツッコミ・涌井唱。売れる兆しの見えない日々の中、彼を支え続けてきた妻・明日香との関係は、結婚4年目にして“レス”という静かな危機を迎えていた。そんな中、唱は同窓会で再会した元恋人と一夜を共にしてしまう。すべてを察した明日香は深く傷つきながらも、自身の中に芽生えた予想外の感情に戸惑い、「他の女を抱いてほしい」と唱に告げる。戸惑いながらもその言葉を受け入れた唱は、マッチングアプリでの出会いを重ね、その体験をネタとして昇華。やがてそのリアルな笑いが注目を集め、芸人としての転機を迎えていく。
一方で、欲望と愛情、罪悪感と承認欲求の狭間で揺れ動く夫婦の関係は、次第に予測不能な方向へと転がっていく。誰に笑われても、それを笑いに変えるしかない。
愛と欲望の境界線を軽やかに越えていく先に、ふたりがたどり着く答えとは──。
細田善彦 久遠明日美
森田甘路 細川岳 中村守里 長村航希
一木香乃 渡邉りか子 稲葉捺月 逢坂由委子 野澤輸出
監督:葉名恒星
脚本:葉名恒星、磯部鉄平 撮影:大迫秀仁 録音:横田彰文 スタイリスト:山川恵未 ヘアメイク:八鍬麻紀
編集:磯部鉄平 音楽:山城ショウゴ 助監督:澁谷金太郎 制作担当:山内優花 インティマシーコーディネーター:森田真帆
エグゼクティブプロデューサー:玉井雄大 企画・プロデューサー:渋江譲二
制作プロダクション:テラスサイド 配給:NAKACHIKA 製作:「ランニングハイ」製作委員会
©映画「ランニングハイ」製作委員会
細田 善彦
ほそだ よしひこ|俳優
1988年生まれ。05年、NHK「きみの知らないところで世界は動く」でテレビドラマ初主演し、以降、映画、TV、舞台などで幅広く活躍。主な映画出演作に『終の信託』、『下衆の愛』、『ピア〜まちをつなぐもの〜』、『武蔵−むさし−』、『海辺の映画館−キネマの玉手箱』、『人でなしの恋』。近年の主な出演作にカンボジア映画『TENEMENT』『シーシュポスたちのまなざし』、ドラマ『約束~16年目の真実~』『地獄は善意で出来ている』『マトリと狂犬』『GIFT』等。
葉名 恒星
はな こうせい|監督
1992年生まれ。東京学芸大学表現コミュニケーション専攻を卒業後、映画学校ニューシネマワークショップを受講。その後、自身初監督作品として臨んだ長編映画『愛うつつ』(2018)が、2021年5月、ユーロスペース(東京)をはじめとする全国映画館で公開された。その後も、長編映画『きみは愛せ』(カナザワ映画祭スカラシップ第一回作品)、『きみとまた』と続いて劇場公開されている。映画の他にも、BS松竹東急『アイドル失格』(脚本・監督)や、YouTubeショート 東京彼女10月号『ラウンジ嬢編II』(監督)など、ドラマにも活動の幅を広げている。
渋江 譲二
しぶえ じょうじ|俳優・プロデューサー
1983年生まれ。2003年、TBS系ドラマ「美少女戦士セーラームーン」タキシード仮面役でデビュー。その後、ドラマ「仮面ライダー響鬼」「砂時計」「ホタルノヒカリ」「ブラックペアン1、2」など話題作にレギュラー出演。映画主演作に「ふるさとがえり」「新卒ポモドーロ」がある。昨年はテレ東ドラマチューズ!「ジョフウ〜女性に××××は必要ですか?〜」にレギュラー出演、TBS日曜劇場「ザ・ロイヤルファリー」にゲスト出演など。
玉井 雄大
たまい ゆうた|プロデューサー
1989年生まれ。博報堂でマスメディアと新規事業立ち上げを担当。食フェス運営からVR事業まで幅広く推進。2019年にインディーズ映画配信サービス「DOKUSO映画館」を創業。映画プロデューサーとして多数の映画を製作。2023年に同社売却。2025年にエンタメ特化型クラウドファンディング「シネファ」を立ち上げ。
撮影:向後 真孝
取材・文:折田 侑駿