『ひとりたび』毎熊克哉×石橋夕帆監督×上村奈帆 鼎談前編 2026.7.10
俳優・毎熊克哉による連載「毎熊克哉 映画と、出会い」の最新回は、『ひとりたび』の石橋夕帆監督と脚本を手がけた上村奈帆が登場。本作が描くのは、30代の女性を主人公に据えた心のロードムービーだ。主人公の美咲役を岡本玲が務め、美咲と同世代の彼女たち3人が、ささやかでエモーショナルなドラマを紡ぎ上げた。
本連載で鼎談を実施するのははじめて。毎熊はこの作品に何を感じ、石橋と上村に対して何を問いかけるのか。俳優、監督、脚本家の視点から、“映画”というものが浮かび上がってくることとなる──。
主演の岡本さんが演じるこの役どころ、すごく難しそうだと思いました──毎熊克哉
現場では私も岡本さんも、迷ってなかったですね──石橋夕帆
岡本さんの身体をとおして美咲が存在していて、彼女の旅を楽しみながら眺めていました──上村奈帆
──この連載で鼎談ははじめてですね。
毎熊:監督と脚本をそれぞれ別の方が手がけている作品はたくさんありますが、上村さんは監督でもあるし、石橋さんはこれまでご自身で脚本を書かれてきた。ひとつの作品の現場に書ける人がふたりいて、監督をできる人がふたりいたわけですよね。これ、面白いなって。
石橋:そうなんですよ。上村さんも本を書けて演出もできるから、私の存在意義がなくなる可能性を感じつつもお声がけしたんです(笑)。
上村:私としては書き上げたらお渡しして、「石橋さんのお好きにやってください」という気持ちでいましたよ。そもそもこの企画は、石橋さんが日々を過ごす中で、人々と関わる中で生まれたもの。自分で脚本を書いて監督をするのも好きですが、脚本家としての仕事に徹するのも面白いですし、私は好きです。スケジュールの都合で現場には行けなかったのですが、完成したものを観て、これは紛れもなく石橋さんの作品に仕上がっていると感じました。
毎熊:石橋さんとしては、自分で書くという選択肢はなかったんですか。
石橋:なかったですね。これが3本目の長編映画になるのですが、自主映画として制作した『左様なら』(2018年)と、いろいろな制約があることがかえって功を奏した『朝がくるとむなしくなる』(2023年)の2作を経て、長編映画の脚本を書く力が自分には不足しているのを実感していました。魅力的なシーンやセリフを思いついたからといって、それが素敵な映画になるとはかぎらない。物語の構造を組み立てる力が、私はまだ弱いと感じていたんです。
毎熊:そこで、上村さんにお願いされたと。
石橋:私たちの作品が上映された「MOOSIC LAB 2018」のときから面識はあったのですが、お仕事でご一緒したのは『僕らの食卓』(2023年)というドラマがはじめてでした。そこで私は、上村さんが書いた脚本に純粋に惹かれました。それから、上村さんの監督作である『話したりない夜の果て Days gone by』(2025年)に対して、『ひとりたび』で描こうとしているものと近い精神性を感じたのも大きいです。おこがましいですが、似た感性を持っているのを感じたというか、大切にしているものが近いだろうなと感じたんです。
毎熊:過去に『猫は逃げた』(2022年)という作品に参加したことがあるのですが、ふとそのときのことを思い出しました。
──今泉力哉監督の作品で、脚本は城定秀夫監督が書いた作品です。
毎熊:あの映画、脚本自体は城定さんらしさを感じるものだったんですけど、仕上がったものは完全に今泉さんの作品だったんですよね。
上村:やっぱり、そうなりますよね。『ひとりたび』は原案者でもある石橋さんらしさを感じる作品ですが、私たちの価値観が響き合うのを実感していたこともあって、完成したものに違和感を覚えるようなこともありませんでした。
石橋:でも、シーンのつなぎ方や、セリフの一つひとつは上村さんらしさが強く出ていると思います。
毎熊:それは具体的にどのあたりですか?
石橋:「花」のモチーフでつなぐところとか、主人公の美咲と友人たちのファミレスのシーンのやり取りとか。いっぱいあります。その中でも最たるものは、学生時代の美咲と初恋の相手が交わす、「音楽を聴くときに重視するのは曲なのか歌詞なのか」というくだり。ああいうところ、すごく上村さんっぽいなって。
上村:嬉しいです。あの“曲派”or“歌詞派”のやり取りのあとに、ふたりはそれまでと意見を変えるというか、「あの歌詞がいいね」「曲もいいよね」と相手が好きなものを肯定し合います。あれ、私としては告白のつもりで描いていて。ああいうふうにちょっとズラして本音を言うというか、本心を伝える描写が好きなんですよね。これらのシーンを石橋さんがどう立ち上げてくるのかが楽しみでしたが、やっぱり現場でも見てみたかったな。
©Ippo
石橋:上村さんの作家性に惹かれて、導かれて、撮影を重ねていきました。ただその中で、私なりに上村さんを驚かせたい気持ちもあった。それが実現したのがファーストシーンです。
毎熊:学生時代の美咲が、地元を自転車で走るシーンですね。かなりの長回しです。
上村:脚本上だと本当に短いシーンを想定していました。いやあ、はじめて観たときは驚きましたよ。ひとつの映画の冒頭のシーンとして、本当に素晴らしいものに仕上がっていますし、本編を最後まで観ていくと、あるギミックがあることにも気づかされます。
毎熊:石橋さんの原案と想いを受け取って執筆するうえで、上村さんが大事にしようとしていたことはありますか?
上村:私は石橋さんの死生観に惹かれていて。
毎熊:死生観ですか。
──石橋さんの作品について上村さんが語るとき、たびたび口にされている言葉ですね。
上村:そうなんです。とりわけ、“死”というものとの距離感や姿勢ですね。すべてを理解しているわけではもちろんありませんが、こうしてご一緒するにあたって大事にしたいと思っていました。
毎熊:なるほど……“死”との距離感や姿勢ですか。『左様なら』でもある人物の死を扱っていますが、たしかに独特なものを感じますね。今作でも主人公にとって特別な存在が亡くなりますが、ふたりは長らく疎遠で、大人になった現在の彼女からすると、身近な存在だとは言い難い。学生時代に付き合っていたわけでもないですしね。極端な例を出すと、『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年)と近いようで、まったく違う。東京から和歌山に帰郷した美咲は、彼の死をどう悼んだらいいのか戸惑う中で、自分自身を見つめ直していくことにもなる……。この“死”の扱い方というか、捉え方はたしかに独特ですね。
石橋:初恋相手である圭一の死を知らなきゃ知らないで、美咲はこれまでと変わらず生きていけたかもしれない。でも、彼女は知ってしまった。知ってしまったけれども、彼と親しかったのは昔のことで、いまの自分なんかが悲しんでいいのだろうかと葛藤する。この映画が描いているのは、圭一の死や、疎遠だった彼との距離を美咲が受け入れるまで。これを映画の終わりの時点で美咲は受け入れていますが、また言いようのない悲しみや寂しさがぶり返してくるかもしれないし、私はそれでいいと思うんです。そういう余白も描いたつもりです。
©Ippo
毎熊:主演の岡本さんが演じるこの役どころ、すごく難しそうだと思いました。もしも僕が同じような役を演じるとしたら、何かしらの答えを出してしまいそうな気がするんです。でも美咲が直面している問題は、答えを出すべきものではない。ただ、彼女にとって特別な存在が亡くなったのは事実です。自分の中に渦巻く感情をどれくらいのぞかせるべきなのか、この微妙なところを表現するのがすごく難しいだろうなって。岡本さんとは何か特別に共有されたんですか?
石橋:何度かお会いして、お話ししましたね。
毎熊:そうか。リハーサル的な。
石橋:いえいえ。ただお茶したり、カラオケに行ったり。私たちが重ねたのは“おしゃべり”の時間です。作品の構造や美咲の置かれている状況について何度も言葉を交わしましたし、美咲と同じように30代になった私たちが、思っていた以上に大人になれていないことについても話しましたね。
上村:うんうん。
石橋:美咲はもう32歳だけど、まだひとりの人間としての主体性をうまく確立できていない。私自身、いまだにモラトリアムから抜け出せていない自覚があるし、日々の中でいろんなことに迷います。でも、大人のように見える世の中の人々もみんな、意外と同じようなものなんじゃないのか。そういう話を雑談の中でしていましたね。
毎熊:いや、僕も頭では分かるんです。でも、脚本に記されている言葉で表現しようとなると、かなり難しいと思うんですよ。セリフって、役者の中から生まれたものじゃなくて、言うなれば用意されたものじゃないですか。ここの扱いがかなり繊細になってくるだろうなって。
石橋:撮影がはじまってから美咲のシーンでテイクを重ねるとき、岡本さんにお願いすることとしては微修正程度でした。現場では私も岡本さんも、迷ってなかったですね。
──やっぱり、何度もお会いしてコミュニケーションを重ねていたのが大きかったんでしょうね。
毎熊:美咲を描いた上村さん視点だとどうなのか、気になります。
上村:多くのことを汲み取っていただけた感触があります。岡本さんの身体をとおして美咲が存在していて、彼女の旅を楽しみながら眺めていました。逆に毎熊さんが、台本を受け取ってから監督たちとどのようなやり取りをされるのか気になります。たとえば『「桐島です」』(2025年)とか、どうやって演じていたんだろうって。
毎熊:ケースバイケースではありますが、基本的には脚本や役について話しますね。ただ、例外的にほとんど言葉を交わさない場合もある。『「桐島です」』がそうです。たぶん監督からすれば、「脚本を見りゃ分かんだろう」っていう(笑)。お気持ちを受け取っての、僕なりのアプローチです。
上村:そうなんですね。
毎熊:現場に立つ役者にとって一番大切なのは、その作品や監督が求める質感に馴染めるかどうか。この感触を探るために、言葉を交わすんですよね。『ひとりたび』には『ひとりたび』の質感があって、これに馴染んでいないのだとしたら、その役は成立しているとは言えない。だから大切にしているのは質感にマッチすることです。
上村:とても面白いお話です。私は現場でコミュニケーションを取ることに、ときに難しさを感じてしまいます。だからこうやって、事前にお話ができたらいいですよね。特別に何をするわけでもなく。俳優部のひとりとしての考えを毎熊さんが持ってらっしゃるように、現場で一生懸命になる一人ひとりに、それぞれの考えがあるはずですもんね。
石橋 夕帆
いしばし ゆうほ|監督
1990年生まれ、神奈川県出身。初長編作品『左様なら』(2018)が大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門に入選。全国20館以上で公開。長編2作目『朝がくるとむなしくなる』(23)が大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門にてJAPAN CUTS AWARDを受賞、JAPAN CUTSに正式出品される。韓国、台湾でも公開され、フランスでは100館以上で公開された。本作品が、長編3本目となる。
上村 奈帆
かみむら なほ|脚本家・監督
1988年生まれ、千葉県出身。日本映画学校卒業(現・日本映画大学)、映画美学校脚本コースを経て脚本家・映画監督として活動。主な作品として、映画『蒼のざらざら』(14)、『書くが、まま』(18)、『根矢涼香、映画監督になる。』(19)、『三日月とネコ』(24)、23年のドラマ「夫を社会的に抹殺する5つの方法」(TX)、「僕らの食卓」(BS-TBS)、「カメラ、はじめてもいいですか?」(BS東急)などで脚本・監督を務めた。原作を担当した漫画「ザッケン!」(小学館)を自ら監督し、全国公開中。
毎熊 克哉
まいぐま かつや|俳優
1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の主演映画『ケンとカズ』で毎日映画コンクール、スポニチグランプリ新人賞など数多くの映画賞を受賞。主な映画出演作に『サイレント・トーキョー』(20/波多野貴文監督)、『猫は逃げた』(21/今泉力哉監督)、『冬薔薇』(22/阪本順治監督)、『世界の終わりから』(23/紀里谷和明監督)、『初級演技レッスン』(24/串田壮史監督)、『悪い夏』(25/城定秀夫監督)、『「桐島です」』(25/高橋伴明監督)、『安楽死特区』(26/高橋伴明監督)など。8月『見えない娘』(竹林亮監督)、11月『月がみている』(渡邉直子監督)の公開が控えている。
『ひとりたび』
6月27日(土)より新宿K's cinemaほか全国公開
岡本 玲
長村航希 坂ノ上 茜 岩田 奏 石山愛琉
日高七海 里内伽奈 中山求一郎 長友郁真 / 濱田マリ 原 日出子 平田 満
監督:石橋夕帆 脚本:上村奈帆
撮影:関 瑠惟 照明:中田祐介 録音:坂元 就 美術:畠 智哉
スタイリスト:小宮山芽以 ヘアメイク:安藤メイ 助監督:中村幸貴 制作担当:小元咲貴子
編集:小笠原 風 音楽:山城ショウゴ スチール:松井綾音・おにまるさきほ
ビジュアルデザイン:東 かほり 宣伝:五味聖子
プロデューサー:田中佐知彦
主題歌:ん・フェニ「おもうたび」 作詞・作曲:ん・フェニ(ビクターエンタテインメント/CONNECTUNE)
配給:MomentumLabo. 製作:Ippo ©Ippo
撮影:西村 満
取材・文:折田 侑駿
1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の主演映画『ケンとカズ』で第71回毎日映画コンクール、スポニチグランプリ新人賞など数多くの映画賞を受賞。以降、テレビ、映画、舞台と幅広く活躍。主な映画出演作に『孤狼の血 LEVEL2』『マイ・ダディ』(21)、『猫は逃げた』『冬薔薇』(22)、『世界の終わりから』(23)、『初級演技レッスン』『悪い夏』『「桐島です」』(25)等。公開待機作に『安楽死特区』『時には懺悔を』が控えている。