根矢涼香「自分で傷つき、選択してきた人生を愛おしく思いたい」──女優・表現者として歩む、インディーズ精神と“言葉”の軌跡 2026.9.17
シネファ presents『Creator Scratch Radio』
茨城県の自然豊かな田舎町で、虫の声を聞きながら育った一人の少女が、いかにしてインディーズ映画界で独特の存在感を放つミューズとなり、さらに写真、イラストレーター、映画監督、そして地域振興と縦横無尽にその表現の領域を広げていったのか。今回の「Creator Scratch Radio」特別企画では、多面的な活動で注目を集める表現者・根矢涼香(ねや・りょうか)の現在地と、その表現の根底を流れる「独立独歩」の精神を紐解く。
近年では、Netflixの大ヒット作『極悪女王』でのデビル雅美役としての壮絶な肉体改造と圧倒的な好演、さらには地元・茨城で新たに建設されたホールでの映画イベント企画への参画など、その歩みは常にアヴァンギャルドで、かつ地に足がついている。「作りたいから、作る。それが私にとっての表現」。逆境にこそ静かに燃え立ち、自らの手で道を切り開いてきた彼女が、これまでの葛藤と表現に懸ける思いを語り尽くした。一人の希有な表現者が紡ぐ、魂の対話の記録をお届けする。
「お金の有無ではない。商業の論理で作らされるのではなく、監督や俳優たちが『これを言いたい、形にしたい』と願い、自発的な情熱から発生するものこそが、私にとっての真の『インディーズ精神』なのだと思います」
「人のようになることは諦めて、自分の道を明らかにする。せめて自分で傷つき、選択してきた自分の人生だけは、心から愛おしく思いたい」
根矢涼香
「言いたいことが言えなかった」少女が、表現という“言葉”を手に入れるまで
── 根矢さんのご実家は茨城とのことですが、どのような幼少期を過ごされたのですか?
根矢:本当にのどかな田舎町で育ちました。下水道がまだ通っていない地域もあって、今でも実家は汲み取り式のボットン便所なんです。風に乗って近所の牛舎から堆肥の香りが漂ってきたり、夜になると虫の声か、暴走族の爆音しか聞こえないような環境でした。東京に来ると、すぐに人と繋がって情報が溢れてしまうので、たまに「あぁ、地元のあの田んぼが見たいな」と恋しくなることがあります。
── 最初の表現の原点は「絵を描くこと」だったとお聞きしました。小学1年生の時に全国規模のコンクールで1位を受賞されたそうですね。
根矢:祖母が趣味で油絵を描いていましたし、両親も絵が上手で、家には常に絵の具や画用紙が遊び道具として置いてありました。その受賞した絵なんですけれど、実は私らしい裏話があって。描いている途中で緑色の絵の具がなくなっちゃったんですよ。でも子ども心に「しょうがない、これで終わりにしよう」と思って、絵の具を水でカスカスになるまで薄めて伸ばし、全体を白っぽく仕上げて「雪解け」という設定にして提出したんです(笑)。ある朝母が新聞で、私が受賞しているのを見つけました。その表彰式のために6歳で初めて東京へ行ったのが、私の最初の“上京”の記憶です。
── とても微笑ましいエピソードですが、その後、小学校の後半では少し苦しい時期もあったとか。
根矢:10歳の頃、学校の環境が少し荒れていて、いじめも多かったんです。毎日歩きながら悔し涙を流していたこともありました。当時は言いたいことがどうしても相手に言えなくて、内に溜め込むしかなくて。親には心配をかけたくないから「元気に過ごしているよ」と平気に振る舞って、毎日うさぎ小屋に逃げ込んで、当時飼っていたうさぎにメソメソ愚痴を聞いてもらっていました。ある日、いつものように小屋に行ったら、ハクビシンにやられたのか、その子が亡くなっていたんですよ。10歳の子どもでしたから、「私が毎日毎日、うさぎに暗い愚痴を言い続けたせいで、ストレスで死なせてしまったんだ」と激しい罪悪感に苛まれて、大号泣しました。まるで少年漫画で仲間を失った主人公のように、心の底から「うわぁぁぁ!」って叫ぶような衝撃でした。
── そこから、根矢さんの反撃というか、自分の言葉を取り戻す戦いが始まったわけですね。
根矢:そうなんです。お母さんにその話をしたら、「やられたら、先生にチクるんじゃなくて、自分で倍返ししてきなさい!」って教えられて。そこから腹を括って、言いたいことを言ってみたら、すごく気持ちが良かった。自分の気持ちを主張することは素晴らしいことなんだと身を以て理解してからは、怯えるだけだった学校生活が少しずつ有意義なものに変わっていきました。
── 11歳で環境破壊をテーマにした演劇の台本を自ら書き、13歳で初めて受けたオーディションで国民文化祭の主演に抜擢されるという、運命の歯車が回り始めます。
根矢:近所に子どもがいなかったので、人間よりも虫や石、土を相手に自然の中で遊ぶことが多かったんです。だから少し引いた目線で人間社会の矛盾を見ていたのかもしれません。授業参観の課題で、11歳の時に「人間が勝手な都合でゴミを捨てるから地球が終わる」という劇を書いて、ビニール袋の服を着た妖精役を演じました(笑)。自分で書いた本だからか、周囲の子たちよりも気合いが入っていて、多分相当浮いていたと思うんですけど、それを見たお母さんが、単に「面白い」と思うだけでなく、「この子のこの熱量を何かに活かさないと、まずいことになる」という妙な義務感を抱いてくれて(笑)。母と一緒に劇団のミュージカルを観に行き、そこで終演後にキャストが客席に降りて観客と直接触れ合う「お見送り」を初めて体験したんです。それまでテレビや舞台の向こう側の人は別世界の住人だと思っていたのに、同じようにご飯を食べて眠る「普通の人間」がこれを作っているんだ、と気づき、身体に雷が落ちたような衝撃を受けました。帰り道には「お芝居をやりたい」と母に伝えていました。
── 13歳で出演したその舞台は、1400席もある大きなホールだったそうですが、未経験でいきなり主演を務めるのは並大抵のことではなかったはずです。
根矢:たまたま47年に一度の茨城県の開催年に重なり、学校で配られた国民文化祭の演劇チラシを見て応募しました。歌もダンスも全く未経験でしたが、なぜか主演に合格してしまって。無我夢中で演じきり、カーテンコールで家族が嬉し涙を流しているのを見た時、何物にも代えがたい快感を覚えました。当時の中学校もあまり穏やかではなかった時もあり、学校生活では常に心をピシッと張り詰めて、自己表現は無難にする毎日でしたが、放課後の演劇の稽古場だけは、自分のタイミングで本気で怒り、本気で泣いて、感情を爆発させていい場所だったんです。今思えばその時の私にとって演劇は、きらびやかな「女優になるためのステップ」というより、過酷な現実から心を守るための、セルフケアだったように思います。
── その時期に、お父様から叱られたというエピソードも非常に深く印象に残っています。
根矢:そうなんです。普段はとても温厚で穏やかな父なのですが、一度だけ本気で叱られたことがあって。初年度に主演をさせていただいて、すっかり天狗になっていたんですね。翌年はコメディタッチの脇役に配役されて、「なんで私が主役じゃないんだ」とブーブー文句を垂れていたんです。その時に父から「お母さんが毎日、仕事が終わってから片道1時間かけてお前の送り迎えをどんな思いでしてくれているか、お前は全く分かっていない。どんな小さな役にも必ず意味があるし、目立つことだけがすべてだと思っているなら、お前は人として大損をするぞ」と一喝されて。その言葉は、本当に胸に突き刺さりました。お母さんへの愛、そして私への深い愛情。思い出すだけで今でも涙が出そうになるくらい、私の傲慢さを正してくれた、一生忘れられない大切な教えです。
登壇した根矢涼香氏(右)と、聞き手を務めた俳優・田村魁成氏(左)
逃げ込んだ先で出会ったインディーズ映画
── その後、大学へ進学されて東京での活動をスタートされますが、演劇から映画へと活動の軸がシフトしていった背景には何があったのでしょうか?
根矢:大学は立教大学の現代心理学部映像身体学科に進みました。実技で映画を撮る授業もあり、自分の期では篠崎誠監督や万田邦敏監督、杉田協士監督も教えていらっしゃいました。大学時代も舞台の出演や制作の手伝いをしていたのですが、ある現場がものすごく厳しいスパルタで、理不尽なことに心が折れてしまい、「このままここにいたら、お芝居のことが大嫌いになってしまう」と、ボロボロになりながら文字通り逃げ込んだのが、映画館のテアトル新宿でした。そこで上映されていたのが、安藤サクラさん主演の『百円の恋』だったんです。スクリーンを観ながらボロ泣きしました。「世界はまだこんなに熱くて、こんな素晴らしい居場所がある。まだお芝居を諦めたくない、ここに飛び込みたい」と思って、その日のうちにオーディションサイトで自分が惹かれる作品を探して片っ端から応募しました。
── そこからインディーズ映画の世界へと深く潜り込んでいかれたのですね。嫌な経験をした舞台の現場との決定的な違いはどこにありましたか?
根矢:私が経験した良くない現場は「演出家・監督が絶対的な神様で、役者はイエスマンでなければならない」という非常に窮屈な構造でした。でも、インディーズ映画の現場は、驚くほどフラットだったんです。監督もスタッフも俳優も、みんなで地べたに座って一緒にお弁当を食べたり、誰かが困っていればすぐに手を差し伸べ合ったりする。その当たり前の人間的な温かさに、どれほど救われたか分かりません。映画はみんなで作り上げるものなんだと実感し、私はこの「普通の感覚」が息づく映画の世界を選びたいと、強くのめり込んでいきました。
── そして21歳の時、内田英治監督との非常にユニークな出会いによって、映画『獣道』への出演が決まります。
根矢:初めはイタリアンやお寿司屋さんでアルバイトをしていました。ある日、映画『下衆の愛』の上映を控えていた内田英治監督から「写真を見て、ぜひ次の映画に出てほしいと思ったんですが、よかったら映画を観に来ませんか」とSNSで連絡がきたんです。なりすましの詐欺かなにかだと思って、数日メッセージを無視してしまっていたと思います。知り合いに「これ、絶対に偽物ですよね?」と相談したら、「本物の監督だよ! すぐに返信しなさい!」と怒られて、慌ててお返事をしました。そこから内田監督の作品には、今年公開された『マッチング』を含めて、大小合わせて6作品に出演させていただいています。本当にありがたいことです。『獣道』などでかつて大嫌いだったヤンキーの役を演じることになったのは面白かったですね。彼女たちを演じることで、「あぁ、彼女たちなりにこんな痛みを抱えて生きていたんだな」と、少しだけその世界を愛おしく理解できるようになりました。
「役者だけが自分の価値ではない」──多角的な表現と『極悪女王』での肉体改造
── 20代前半は「とにかく数を出して自分に向いている芝居を見つけよう」と、凄まじい本数のインディーズ映画に出演されていました。その中で、ご自身の意識に変化はありましたか?
根矢:22歳から23歳の頃は、周りが就職していく焦りもあり、とにかくお芝居がしたくてオーディションを受けまくり、出演作を重ねていきました。その中で、映画のグッズイラストを担当したり、仲間の俳優たちの写真を撮るようになったりしたんです。それまでは「役者として成功しなければ自分には価値がない」と思い詰めて、自分をすり減らしていたのですが、イラストや写真を通して作品の一部となり、誰かの役に立てていると実感した瞬間、ふっと肩の荷が下りたんです。すべてを役者だけに捧げなくても、表現の方法はたくさんある。そう思えたことで、逆に演技に対してもより自由に、欲張りに向き合えるようになりました。
── そして20代後半、Netflixの『極悪女王』で実在のプロレスラー・デビル雅美役を演じることになります。壮絶な増量と減量を伴う役作りだったそうですが、挑戦への不安はありませんでしたか?
根矢:出演者には「増量とトレーニング」が必須プログラムとして含まれていました。あくまで自分の体感ですが、日本のこれまでの映画界では、俳優に対して過酷な肉体改造を求めながらも、そのサポート体制が不十分で、俳優が身を削るしかないような精神論が根強かったと感じていました。でも、今回のNetflixのプロジェクトは、トレーニングのサポートから栄養管理、メンタルケア、さらには撮影後の減量プログラムに至るまで、徹底的な保証とプロフェッショナルな体制が整っていたんです。これほど安全に守られた、愛のある環境での挑戦であれば、喜んで自分の身体を投げ出して飛び込みたいと、強く思いました。
── デビル雅美さんの圧倒的な威圧感と、どこか優しさを秘めた目力が本当に素晴らしかったです。
根矢:私は身長が160cmに満たないので、体格の大きなデビルさんを演じるには圧倒的にサイズが足りないはずでした。でも、前作の上村奈帆監督の映画『根矢涼香、映画監督になる。』を白石和彌監督が観てくださっていて、自分の内側で燃えているパワーと目力を信頼してくださり、デビル雅美さんの役を任せてくださいました。振り返ると、私のキャリアはすべて「わらしべ長者」のように繋がっています。どんなに小さな自主映画でも、誰かが必ず観てくれていて、その熱量が次の作品へと私を運んでくれる。だからこそ、作品の規模に関わらず、誠実に、倍返しにするくらいの愛情を持って全力でコミットしたい。これが、私が20代の葛藤の中で得た、確固たる確信です。
「作りたくて作る」──映画と舞台、地域が手を繋ぐ未来を描いて
── 近年では、ポッドキャストを配信されたり、杉田協士監督たちと「こども映画ワークショップ」を実施されたりと、発信や教育の分野にも取り組まれていますね。
根矢:ポッドキャストは、準レギュラーで「オフィシャルな道草」という番組に参加させて頂いています。映画の感想や政治への憤り、日常の些細なことまで、忖度なしに正直に喋っています(笑)。世田谷美術館での「夏休みこども映画ワークショップ」は、杉田協士監督にお声がけいただいて、私は講師として参加させていただいてまだ3年目なのですが、このプロジェクトは20年近い歴史を持っていると伺いました。YouTubeやTikTokのような「倍速」や「字幕」、スマホに向かって説明的に語る映像に慣れ親しんでいる今の世代の子供たちに、ハンディカム1台だけを渡して、映画とは何だろう、ということを考える。子供たちの表現の自由さと素直さに、私の方が学ばされるばかりのように思います。
── 根矢さんにとって、そもそも「インディーズ」とはどのような意味を持つ言葉なのでしょうか?
根矢:よく「予算がないからインディーズ」「規模が小さいから自主制作」と言われますが、私はそうは思いません。どれだけ予算が大きくても小さくても、「売れるからこれを作れ」という命令に従うのではなく、作り手や役者が「これを伝えたい、この感情を形にしたい」と願い、自発的なパッションから発生するものすべてが「インディーズ」なのだと思います。リスクを恐れず、説明不可能なものを説明不可能なまま提示する。そのスピリットを持ち続けることが、表現の多様性を守るために絶対に必要です。そして、その情熱を持った人間同士が、ジャンルの壁を越えて手を取り合える未来を作りたい。また時には、映画、演劇の世界がクローズドにならずに、生活風景の中に混ざっていくことも必要だと思っています。お互いが困っている時に助け合い、従来の境目を崩して文化業界全体が緩やかに繋がっていく。インディーズだからこそ、個人の情熱の塊だからこそ、大人の政治的事情を飛び越えて、そんな美しい未来を築けると信じています。
── 現在、根矢さんの地元である茨城で、映画も演劇も上映・上演できる新しいホールが完成し、根矢さんもその企画運営委員として参画されているそうですね。
根矢:そうなんです! 私が育った本当に何もない田舎町に、ついに素晴らしい文化ホール(「いばSUNホール」)が誕生しました。音楽をやりたい人たちに楽器を貸し出したり、ダンスや演奏ができるスタジオがあったり、映画の上映、演劇公演、コンサートもできる、とても綺麗なホールなどが複合した施設です。今私はそこでのイベントを考える委員会に入っていて、町の人たちと一緒に企画を練っています。いつか、子供の頃自分が欲しかったような、この地元でしかできない文化のイベントをつくることができたらと思っています。その時は、ぜひ今日ここに来てくださった皆さんも、ちょっと遠いですけれど遊びに来て、私たちの挑戦を応援してくれたら嬉しいです。
── 最後に、根矢さんが人生において最も大切にしている言葉や、これからの展望についてお聞かせください。
根矢:中学時代、スローガンに「独立独歩」という言葉を書いたのを今でもよく覚えています。私の人生の基本は、やはり自分の足で歩き、自分の道を自分で開拓すること。人と比べて落ち込むこともたくさんありますけれど、結局「私になれるのは、世界で私一人しかいないんだ」と、良い意味での「諦め」がつくんです。「諦める」という言葉の語源は、物事を「明らかにする」ということ。自分が何をしたいのかを明らかにして、他人のようになることは諦めて、自分の道を進む。たとえその道が険しく、傷つくことがあったとしても、自分で悩み、傷つきながら選択してきたこの人生を、せめて私自身だけは、最後の瞬間に「愛おしかった」と思いたい。そんな「諦め精神」と「独立独歩」を胸に、30代、そしてその先も、何が起きるか分からない未来を、勇気がいる方の選択肢を選びながら、全力で楽しんで歩んでいきたいです。本日は本当にありがとうございました。
絵の具が足りなくなった6歳の一枚から、うさぎ小屋で涙を流した10歳の日々、そして『極悪女王』での肉体改造まで。根矢氏の言葉には、どんなに小さな出来事も「自分で選んだもの」として引き受けてきた者だけが持つ、静かな強さが宿っていた。
和やかな雰囲気のまま幕を閉じたトークセッション
「独立独歩」を胸に、勇気のいる方の選択肢を選び続ける彼女が、次にどんな表現を生み出し、どんな場所を切り開いていくのか。その歩みから目が離せない。
プロフィール
根矢涼香(ねや・りょうか)/ 俳優
茨城県出身。13歳で国民文化祭の舞台に主演し、演劇の道へ。立教大学現代心理学部映像身体学科に進学し、在学中からインディーズ映画を中心に活動を始める。内田英治監督『獣道』をはじめ、同監督作品には『マッチング』など6作品に出演。上村奈帆監督『根矢涼香、映画監督になる。』で主演を務め、Netflixシリーズ『極悪女王』では実在のプロレスラー・デビル雅美役を熱演した。俳優業のほか、写真・イラスト、ポッドキャスト「オフィシャルな道草」への出演、世田谷美術館「夏休みこども映画ワークショップ」の講師、地元・茨城の新設文化ホールの企画委員など、表現の領域を多方面に広げている。
イベント情報
シネファ presents『Creator Scratch Radio』
ゼロから何かをつくる人の“はじまり”や“想い”を聞いていくラジオ。映画を中心に、音楽やアートなどジャンル問わず、クリエイターの方をゲストにお迎えして、企画のスタートから作品に込めた想いまで、楽しく掘り下げていきます。今後も多彩なゲストをお呼びして、不定期開催予定。
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