私が歩いた日々の“徘徊”記録をイラストと一緒に【根矢涼香のひねくれ徘徊記 第18回】

根矢涼香


ひねくれ徘徊記と名付けたけれど、あまり自分の徘徊らしいことは書けていなかったので、映画紹介はたまには一休み。私がこの1か月で感じた1シーン1シーンを切り取ってお届けいたします。


〇月6日

レイトショーの舞台挨拶を終えて銭湯へ。自分も知らない人もすっ裸になって、ぼうっとしているだけで安心する。お風呂の時は自分であることの役割も全部脱いで、日本語すら忘れてしまいたい。私のお気に入りのお風呂屋さんにはシャワーを浴びながら寝転がれるベンチがあって、サウナの後なんかに横になると、とりあえず全部大丈夫になる。今日はその場所でおばあさんが気持ちよさそうにくつろいでいて、なんだか素敵だった。


〇月11日

昨年から役づくりで10Kgほど増量したのだが、お恥ずかしい話、以前履いていた服のサイズが合わなくなって、数年使っているズボンなども留め具がほつれたまま、直してもどうせキツくなるのだからとそのままにしていた。しかしドラマの撮影現場で衣装さんに、「ネヤさんのズボンのフックがみつかりません」と、探させて困らせてしまった。これでも女優の端くれなのに…流石に自分でもドン引き。新しい服を買うこともいいけれど、私の怠慢のせいで長く共にしてくれた服を捨ててしまうのは非情に思って、家の洋服と裁縫セットを引っ張り出す。

日々をまとう服は、もはや自分の一部であるのだから、それをおざなりにしてはよろしくない。直すべきところを見つけては、ちくちく縫い始めた。針に糸を通し、服に空いた小さな穴やほつれを、簡単にふさげるはずのない自分の欠陥も縫い合わせる思いでふさいでいく。静かな時間が流れて、不格好にも元に戻った彼女たちは一層愛おしく感じた。ほったらかしててごめんね、もう少し付き合ってね。


〇月22日

お休みの日。武蔵野市の動物園へ。賑やかすぎず静かすぎずが丁度いい。夜行性の動物は隅っこで静かにしていたり、姿が見えなかったりした。ペンギンもカワウソも稼働率が低い。とりあえず居そうな雰囲気だけは感じられて、人が帰ったあとで元気に走り回っているのを想像しながら歩くのもかえって味わい深かった。

高校の時に授業で読んだ『徒然草』でも「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」と言っていたし。動物園に来たからといって動物を必ず見られると思っていては甘いのだ、と妙に納得しながら進むと、子供用の遊園地にたどり着いた。あどけない子供たちが飛び切りの笑顔で、もしくは真顔でアトラクションに乗っているところを、売店で買ったホットココア片手に眺め続けるアラサー女3人。乗り物のBGMに耳を傾けてみると爆風スランプの「Runner」や、ザ・タイマーズの「デイ・ドリーム・ビリーバー」だった。これを設定した人のアツいメッセージのようなものを受け取った、気がした。



〇月30日

トレーニングで一汗かいて、作業をするためにカフェ探し。ジャズ喫茶という看板が目に飛び込んできた。地下へ下る階段の壁には古いポスターや写真がびっしりと張られていて、扉を開くと耳全部が音楽になる。そのお店は、音楽を楽しんでもらう目的で、夕方まではお客さんの会話は禁止にしているようだ。席を見ると皆おひとり様で嬉しくてたまらなくなる。ストレートで頼んだアールグレイの香りもとても良い。

店主が順番にレコードやCDをかけるのを、それぞれにコーヒーを飲んだり、お酒を楽しんだり、本を読んだり、何もしていなかったりして聴いている。私はスケッチブックを広げて絵を描いていた。この親しみの既視感は銭湯に近い。しあわせなひとりぼっち。


昔から絵を描くことが好きで、これまでも何度かこの連載で絵も一緒に載せていただいていた。表現をしていく中で、自分とは切り離せない行為だ。スマホもデジカメも持っていなかった子供時代にとってのそれは、自分のときめいたものをすぐに人に伝えられる、写メやLINEの代わりだったのかもしれない。よく見て観察して、手を動かして、自分が感じた形になっていく。時間はかかるけれど思い出に残るから楽しくていまだに続けている。仕事の中で映画に携わったり、映画を観たりを繰り返すうちに、日常の風景も映画を観るように眺めている自分に気が付いた。今を生きている感覚を確かめながらスケッチしたものを、これから関わっていく作品の中でも、生かしていけたらと思う。


根矢涼香
ねやりょうか|俳優
1994年生まれ。おしゃれサウナでは居方が分からなくなるので、もっぱら銭湯のサウナで壁に向かって体育座りをして、覚える台詞を口の中で呟いていたりする。

文・イラスト / 根矢涼香 撮影 / 西村満 スタイリスト / 山川恵未 ヘアメイク / 木内真奈美(OTIE)

衣装 / ワンピース¥37,400/six vorm<問い合わせ先>PR.ARTOS/03-6805-0258
根矢涼香 俳優

1994年9月5日、茨城県東茨城郡茨城町という使命とも呪いとも言える田舎町に生まれる。近作に入江悠監督『シュシュシュの娘』、野本梢監督『愛のくだらない』などがある。石を集めている。

この連載の人気記事 すべて見る
今読まれてます RANKING