毎熊克哉×古川豪監督 対談前編 -『金子差入店』はどのようにして生まれたのか

毎熊克哉

 俳優・毎熊克哉による連載「毎熊克哉 映画と、出会い」の最新回のゲストは、『金子差入店』が5月16日(金)より公開される古川豪監督。じつはこのふたり、これが初対面ではないのだという。

 刑務所などに収容された人々への"差し入れ"を代行する「差入屋」を描いた『金子差入店』は、どのようにして生まれたのか。この対談の「前編」では、古川監督がなぜ映画の道を歩むことになったのか、そしてその道のりはどのようなものだったのかについてお届けする。

画の道に進んだきっかけは、友人が口にした「夢を持とう」という言葉

──今回の対談が実現する以前に、おふたりは現場でご一緒されたことがあったみたいですね。

毎熊:もう2年以上続いている「毎熊克哉 映画と、出会い」では基本的に、この対談がきっかけとなって"新しい出会い"が実現してきました。でも古川さんとは、三池崇史監督の『ゼブラーマン -ゼブラシティの逆襲-』(2010年)の現場でご一緒していたんですよね。僕自身もどこに出ているのか分からないほどで、記憶も曖昧なのですが、まさかの「はじめまして」ではなかったっていう。

古川:でもやっぱり話していると少しずつ思い出してきますね。毎熊さんたちが演じたキャラクターの造形は三池さんから一任されていたので、なかなか大変でした。むしろ、大変だったという記憶しか残っていないくらい(笑)。助監督といっても、準備期間から撮了のタイミングまで関わる作品もあれば、数日だけ"応援"として関わる作品もあるので、そもそも作品によってはまったく記憶に残っていなかったりもするんです(苦笑)。

毎熊:そんな古川さんは『金子差入店』で満を持してデビューされるわけですが、助監督としてたくさんの経験を積まれてきた、現場からの叩き上げですよね。いまはカメラさえあれば誰にでも映画が撮れる時代になりましたから、古川さんのような経験をせずにデビューする方も多いです。なぜこの茨の道を歩むことになったんですか?

古川:幼い頃から映画は好きだったのですが、やがて道を踏み外してしまいまして......。端的に言うと、"グレた"というわけです。しだいにいろんなことが嫌になってきた。そんなある日、幼い頃からの親友のひとりが、みんなが集まっている場で「もう俺たち普通になろうよ」と口にしたんです。その言葉が当時の僕にはストレートに響いた。20歳の頃のことです。

──そこからなぜ映画の道に進まれたのか気になりますね。

古川:20歳を過ぎてから、まずは勉強をするようになりました。同い年の人たちの多くが大学に通っているわけですから、自分らも大学に行こうよと。最初の頃は模擬試験の問題用紙に何て書いてあるのか分からないレベルの落ちこぼれだったのですが、本気になってやってみると、10点、20点と成績が上がっていったんですよ。すると根がバカなので、ハーバードにだって行けそうな気になってくる(笑)。とはいえ、周囲の人々より数年の遅れを取っているわけです。そんな折に例の親友が今度は、「夢を持とう」と言ったんです。そこで僕が口にした夢が「映画監督」だったんです。

毎熊:砂漠に落ちた一滴の水が、そんな広がり方をしたんですね。

古川:関西人ってロマンチスト多いですからね(笑)。そうしてどうにか大学には入れたものの、けっきょくは遊び呆けていました。大きな転機がやってきたのは、それからしばらくしてのこと。「普通になろう」「夢を持とう」と声をかけてくれた親友が亡くなったんです。落ちるところまで落ちていた自分のことを掬い上げてくれた特別な人間が、です。もう、生きる気力を失ってしまいました。でも一周忌のあと残された仲間と「彼との約束を果たそう」と誓い合ったんです。だから映画の道に進んだ一番の理由は、親友との約束を果たすためなんです。

毎熊:そうだったんですね......。古川さんのお話を聞いていると、なぜデビュー作で『金子差入店』を撮ったのか、ちょっと分かるような気がしてきました。いまって、一度でも過ちを犯してしまうと、そう簡単には許してもらえない時代じゃないですか。この映画が描いているものと重なるところかなと。

©2025映画「金子差入店」製作委員会

──人々の"罰したい欲求"のようなものが、いまの社会ではどんどん強くなってきている印象があります。

毎熊:なんだかそんな空気がありますよね。そんな社会の中において映画の世界は、はみ出し者が集まってできている場だという印象が僕としてはあります。監督だけでなく、映画の道を志す俳優たちの多くがそうだと思うんです。

古川:そうなんですよね。だから僕としては、たとえ道を踏み外してしまったとしても、セカンドチャンスであったり、手を差し伸べてくれる存在があることをこの映画をとおして伝えたい。親友がそばにいてくれたから僕は変わることができたし、彼の言葉によってこうして映画を撮ることができたわけですから。『金子差入店』が誰かにとってそんな存在になれたら嬉しいですね。

画の世界での転機

──長い助監督経験を経て、『金子差入店』の誕生へと発展していった経緯が気になります。

毎熊:たしかにすごく気になりますね。ご友人の影響でこの映画の世界に足を踏み入れて、助監督としてたくさんの現場を経験し、そこからどのようにしてさらに大きな一歩を踏み出せたのか。映画の世界でも転機があったのでしょうか?

古川:滝田洋二郎監督の『おくりびと』(2008年)の現場での経験が大きいですね。クランクインの8ヶ月も前から準備がはじまったのですが、みんな「滝田監督のために」という強い想いを持って動くんですよ。先輩助監督なんて、取材のために期間限定で就職したり。どれだけ調べて想像しても、実際に体験した人には勝てません。映画というものは、ひょっとすると観客の人生を変えてしまうかもしれない。だから絶対に妥協しちゃいけない。そこでの先輩からの教えは、いまも僕の指針になっています。

毎熊:それは僕ら役者もそうですね。ただ、どうしてもひとつの作品や役に時間をかけられないのが現状で、よく歯痒い思いをするのですが......。

古川:予算の問題がありますもんね。僕が映画づくりというものに対してより真剣になったきっかけは、もうひとつあります。それは黒澤明の伝説です。彼は助監督時代、撮影後にずっと脚本を書いていたそうなんですよね。地方の宿で。僕が親友の前で口にした夢は「映画監督」です。あの黒澤明がやってたことを自分がやらないで、それじゃ監督になれるわけがない。これを自覚したことが大きいですね。

──『おくりびと』の現場での先輩のお言葉と、黒澤明監督の姿勢に大きな影響を受けたと。映画づくりの現場における古川さんと俳優の関係も気になります。

毎熊:そうですね。役者としてはひとつの作品や役に時間をかけられないのが現状だと話しましたが、ある程度の場数を踏んでいると、それなりに要領のようなものが掴めてきます。すると、すでに持っている引き出しを開いて、それらしくやってしまうことができる。これって僕はすごく恐ろしいことだと思うんです。関わっている作品も、向き合っているテーマも、生きようとしている役も違うのに。

古川:そうなんだろうなと思います。だから僕としてはいつも、できるだけ不安を払拭してあげたい。監督や俳優のみなさん、技術部の方々と違って、助監督の存在が画や音に直接的に関わることはありません。そんな僕が助監督として「絶対に妥協しない」という姿勢でいられるのは、個々の作品によりダイレクトに関わるみなさんにとって、その映画が代表作になってほしいという想いがあるからなんです。

古川豪
ふるかわごう|監督
1976年生まれ、京都府出身。松竹シナリオ研究所卒業。2003年、名取裕子主演の「早乙女千春の添乗報告書 14 奥飛騨・下呂湯けむりツアー殺人事件」に制作進行見習いとして参加。翌年、『釣りバカ日誌15 ハマちゃんに明日はない!?』(04)でフリー助監督に転身、『ゼブラーマン』シリーズ(03・10)、『おくりびと』(08)、『東京リベンジャーズ』シリーズ(21・23)など数々の作品に帯同する。2010年、オムニバスショートフィルム『dance?』で監督デビュー。TVドラマやショートフィルム、SUPER BEAVERのMVなどの演出・脚本・監督を経て、本作が劇場用長編映画の監督第1作となる

毎熊克哉
まいぐまかつや|俳優
1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の初主演映画『ケンとカズ』で第71回映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、第31回高崎映画祭新人賞を受賞。公開待機作に『無名の人生』、『時には懺悔を』、『桐島です』が控えている。

金子差入店
5月16日(金) TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー

丸山隆平
真木よう子/三浦綺羅 川口真奈
北村匠海 村川絵梨 甲本雅裕 根岸季衣
岸谷五朗 名取裕子
寺尾聰
監督・脚本:古川豪
主題歌:SUPER BEAVER「まなざし」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
製作:「金子差入店」製作委員会 
製作幹事:REMOW 製作プロダクション:KADOKAWA
配給:ショウゲート
©2025映画「金子差入店」製作委員会

撮影:西村満 取材・文:折田侑駿

毎熊克哉 俳優

1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の初主演映画『ケンとカズ』で第71回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、おおさかシネマフェスティバル2017新人男優賞、第31回高崎映画祭最優秀新進男優賞を受賞。近年の主な映画出演作は『生きちゃった』、『マイ・ダディ』、『猫は逃げた』、『妖怪シェアハウス 白馬の王子様じゃないん怪』、『ビリーバーズ』。三浦大輔監督の『そして僕は途方に暮れる』が公開中。

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