毎熊克哉×山中瑶子監督 対談前編 - 現場ごとの最適解

毎熊克哉

 俳優・毎熊克哉による連載「毎熊克哉 映画と、出会い」の最新回のゲストは、商業デビュー作『ナミビアの砂漠』の公開から一年を迎える山中瑶子監督。いまもなお話題作であり続けるこの映画を、毎熊はどのように観たのか。

 この「前編」では毎熊独自の視点によって『ナミビアの砂漠』に焦点を当て、映画というものに向き合うそれぞれのスタンス、さらには山中監督の次作の構想にまで話題がシフトしていく。

いまは監督としていろんな方法を模索している段階です──山中瑶子

同じアプローチばかり続けるほうが役者としては困難な気がしています──毎熊克哉

──山中監督の商業デビュー作である『ナミビアの砂漠』は多方面で大きな反響を呼びました。毎熊さんはどのように観ましたか?

毎熊:すごく気になったのが、役者の方々への演出がどんなものだったのかです。主人公のカナを演じる河合優実さんが、ときおり心がどこかに行ってしまったような顔をしているんですよね。身体はたしかにそこにあるのに、心はない、というか。監督の立場から何をどう伝えたらああいう表情が生まれるのか気になります。脚本の段階から想定していたんですか?

山中:脚本上のト書きは主に動きや姿勢を書いていますね。表情などは現場で追加します。たとえば冒頭の喫茶店のシーンであれば、“目を見開いてください”と伝えたり。この限られた情報からカナがどういう状態にあるのかを河合さんが解釈し、表現してくれた結果が映画には収められています。でも、ああいう子って実際に世の中にはいるんですよ。とくに河合さん世代やその下の世代にはいっぱいいて、街中ですれ違っていたりする。河合さんはカナのことを、決して訳の分からないキャラクターとして演じるのではなく、とても身近な存在として演じてくれていました。彼女は観察眼がすごい人なので。

毎熊:『あみこ』の主人公もそうでしたが、カナはすごく動物的なキャラクターですよね。次の言動が予測できない。河合さんの芝居はたくさん観てきましたが、これまでのどれとも違う、特別な動物っぽさがある。現場でどんなやり取りをしていたんですかね。

山中:シーンごとのカナの気分や調子がどんなものなのかは、あらかじめ私の中で決まっていました。カナという人間のバイオリズムです。河合さんも河合さんでカナの身体やメンタルの状態の変化具合を提示してくださるので、現場ではその擦り合わせでしたね。事前のリハーサルもけっこうやっているので、姿勢や歩き方、声の調子や出し方など、一緒に探していました。

毎熊:動物的だと感じるけど、実際にはとても丁寧に積み上げていったんですね。

──緻密な作業だったと。

山中:そうだと思います。河合さんはかなり緻密にカナを表現しようとしていたので、役が憑依しているということよりも、まさに具体的で細かい作業の積み重ねだったと思います。とはいえ撮影の後半ともなると、演技について特別に言葉を交わすことは減っていきましたね。もうそこにはカナがいる、というか。いつでもカメラを回せるし、どこから撮っても大丈夫。河合さんの出すカナが生き生きしすぎて現場が楽しくなりすぎてしまって、全体が引っ張られることもあったので、むしろ抑えていくのが後半の課題でした。

毎熊:『あみこ』も『ナミビアの砂漠』も主人公を追いかける映画ですよね。僕ら観客は彼女たちの一挙手一投足を追いかけ続ける。主人公以外のキャラクターを演じる方々とのやり取りには違いがあるんですかね。なんだか温度感が違う気がするんです。

山中:どうなんですかね。『あみこ』も『ナミビアの砂漠』もたしかに女性主人公を追いかけていますが、私としてはまったく違うアプローチで臨んでいるんですよ。『あみこ』のときは本当に細かなところまでしつこく演出をつけていました。小津安二郎的な緻密さへの憧れもあって、“3歩進んだら振り返る”とか(笑)。かっこいいと思っていたんですよね。当時はあれこそが演出だと思い込んでいたのですが、これじゃ周囲の人々のことを信用していないみたいだし、私自身もあまり楽しくなかった。『ナミビアの砂漠』は真逆で、周囲の方々に委ねている部分が大きいんです。

毎熊:撮影に関してはどうでしょう。カメラマンには意見を言いますか?

山中:うーん、言わないですかね……。本当にどうしても伝えたいと思ったことがあるときだけかな。いまは監督としていろんな方法を模索し、試している段階ですしね。鍛錬の時期でもありますし、こういう言葉が適切か分かりませんが、現場ごとに実験したいとも思っているんです。

──現場の指揮を執りつつ、観察しながら。

山中:映画って、いろんな要素の組み合わせが不思議なバランスで成立しているものじゃないですか。この「不思議なことをやっているな」ということに毎回尽きるのですが、いまだにその実態がよくわかっていないんです。現場ごとに掴めるものはあるけれど、撮影が終わるとそれが一体なんだったのかというのは蜃気楼のようにどこかへ行ってしまう、みたいな。

毎熊:試している時期というのは、いまの僕も同じですね。つねにその気持ちでいます。作品ごとにすべてを変えるのはもちろん難しいのですが、いろんな現場を経験させていただく年単位で考えてみると、アプローチが大きく変わっていたりする。現場を終えて、もうやらないように気をつけている方法があったりもしますね。けっきょくは現場に立ってみないと分からないことだらけだし、最適解は現場ごとに違う。むしろずっと同じアプローチばかり続けるほうが役者としては困難な気がしています。

山中:でも毎熊さんって、そういう演じ手の何かしらの思惑のようなものが演技からは感じられないですよね。

毎熊:気をつけていると言ったら変ですけど、演技の意図や狙いがバレてしまうのは良くないと思いますね。たんなるパフォーマンスとして受け取られてしまったらダメだなと。映画の現場は一期一会なので、やっぱりその場で生まれるセッションを大切にしたい。今日のこの対談もそうですよ。

山中:意図や狙いがバレたら良くないというのは作り手も同じですね。バレなければいい。バレてしまうのって、観客を侮っているからだと私は思うんです。観客の関心を惹くことを目的として定期的に事件が起きるような作品がありますが、物語の展開のために人間が踏みにじられたりするのがすごく嫌です。そうなってしまうのは作り手として情けないことだと私は思います。

毎熊:同感です。作り手の視点の置き方によっては、登場人物が道具になっていると感じてしまうことがあります。まるでコマを扱うような視点というか。こればっかりはどうしても嫌悪感を抱いてしまいますよね。『あみこ』と『ナミビアの砂漠』は女性が主人公ですが、山中さんの視点の置き方や登場人物との距離感的に、どんなキャラクターを主人公に据えても描こうとしているものの軸はブレないんじゃないかと思いました。今後は男性主人公の映画を撮る可能性もありますか?

山中:まさに、そろそろ『あみこ』や『ナミビアの砂漠』とは対照的に、男性だらけの映画を撮ってみたいと考えています。だいたいの組織って、やっぱりトップはほとんど男性じゃないですか。あるひとつの男社会が崩壊していく映画を撮りたいんです。個々がポンコツというより、理念や理想はあってもそれが噛み合わなくて、築き上げられていた城がボロボロと崩れていく。そんな映画です。

毎熊:面白そう。観てみたいです。山中さんの作品に登場する人物たちって、みんなどこか“分かり合えなさ”を抱えていると感じました。みんなそれぞれに脆さのようなものを持っていて、それが独特な愛らしさとしても映る。だから男性だらけの映画がどんなものになるのか、とても気になります。組織の話となると、中年男性たちが中心ですかね?

山中:そうです。私は中年の男性たちに思うことがいっぱいあって。いまの世の中では批判の対象になりがちで、生きづらさを感じている人は多いはずですよね。かつての私も彼らをを遠ざけてきたところがありました。でも親しい男性の友人たちも、いずれはみんな中年になる。この社会のままだと気の毒だなと思って、彼らが中年の時期を楽しく生きられるよう、私は映画を介して何かできないかなと思っています。

山中 瑶子
やまなか ようこ|監督
1997年、長野県生まれ。映画監督。初監督作品『あみこ』がPFFアワード2017にて観客賞を受賞し、多数の海外映画祭でも上映。2024年公開の『ナミビアの砂漠』は第77回カンヌ国際映画祭監督週間に出品され、国際映画批評家連盟賞を受賞した。文芸誌『群像』にて連載中。

毎熊克哉
まいぐまかつや|俳優
1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の主演映画『ケンとカズ』で第71回毎日映画コンクール、スポニチグランプリ新人賞など数多くの映画賞を受賞。以降、テレビ、映画、舞台と幅広く活躍。主な映画出演作に『孤狼の血 LEVEL2』『マイ・ダディ』(21)、『猫は逃げた』『冬薔薇』(22)、『世界の終わりから』(23)、『初級演技レッスン』『悪い夏』『「桐島です」』(25)等。公開待機作に『安楽死特区』『時には懺悔を』が控えている。

撮影:西村 満
取材・文:折田侑駿

毎熊克哉 俳優

1987年3月28日生まれ、広島県出身。2016年公開の主演映画『ケンとカズ』で第71回毎日映画コンクール、スポニチグランプリ新人賞など数多くの映画賞を受賞。以降、テレビ、映画、舞台と幅広く活躍。主な映画出演作に『孤狼の血 LEVEL2』『マイ・ダディ』(21)、『猫は逃げた』『冬薔薇』(22)、『世界の終わりから』(23)、『初級演技レッスン』『悪い夏』『「桐島です」』(25)等。公開待機作に『安楽死特区』『時には懺悔を』が控えている。

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